映画「パッチギ!LOVE & PEACE」
井筒和幸監督の最新作「パッチギ!LOVE & PEACE」は実にストレートな映画である。スト
レートに真っ当なことを伝えようとしている天晴れな映画である。真っ当なこととは何か。
それは、かつて日本が朝鮮を植民地支配し、無理やりに臣民として同化させたにもかかわ
らず、敗戦後は一変して「外国人」として排除し、国内にとどまる者には差別的境遇に甘
んじざるを得ない仕組みを作り続けてきた、日本という国の恥知らずな歴史が、その通り
に恥知らずなものであったとキッパリと言い切ることである。そういうまともなことを意
識的に避けてきた最近の日本映画に対する、これは明確な異議申し立てである。
主人公アンソンの妹キョンジャが芸能界でのし上がり、主役の座を得た劇中劇「太平洋の
サムライ」は、明らかに石原慎太郎制作総指揮の映画「俺は、君のためにこそ死にに行く」
である。「特攻」で死のうとしている恋人に、立派な日本人たれと励ます「大和撫子」役
は、在日朝鮮人のキョンジャにとっての踏み絵と同じだ。敢えて踏み絵を踏んで映画を完
成させ、その試写会で自らの出自を語ることになるキョンジャの言葉は胸を打つ。
(途中で放棄している)
恥知らずな国民投票法案
改憲に向けた国民投票法案に、一定の投票率に達しない場合に投票結果を無効とする、最
低投票率の規定を盛り込むことを与党は拒んでいる。その理由が、国民投票を無効にしよ
うとするボイコット運動を誘発しかねないからだという。バカものが。語るに落ちるとは
このことよ。ボイコットはれっきとした意思表示ではないか。議案にすること自体に対す
る「ノー」であり、誘導される投票結果に対する「ノー」の意思表示なのである。ボイコ
ットすら認めようとしない浅ましい態度は、彼らにとっての国民投票が、民意を判断する
ための国民投票では決してないことを暴露している。彼らの発議したものを、民意などお
構いなしになにがなんでも認めさせ、その結果に法的な根拠を与える手段としての国民投
票の仕組みを画策しているのである。だからこそより少数でも成立するように仕組んでい
るのだ。浅ましい。実に浅ましい。こんなのは民主主義でもなんでもない。
国会で三分の二なんて簡単に作れる。民主党が自民党に合流すればいいのだから。これが
いちばん怖い。本当に怖い。 (4月17日)
墨で書かれた虚言は血で書かれた事実を隠すことはできない(魯迅)
高校の地理歴史・公民の教科書の検定で、沖縄戦で日本軍によって非戦闘員が集団自決を
強制させられたという記述に、「(軍が)命令したかどうかは明らかと言えない」として
修正するよう意見が出された。なんと恥さらしなことを臆面もなくやるものだ。日本軍国
主義のもとでの臣民化教育と有無を言わさぬ言論・思想統制それ自体が「命令」でなくて
なんと言うのか。紙に書かれた自決命令書に軍の最高司令官である天皇裕仁の印が押され、
印鑑証明(天皇の印鑑証明ってあるのだろうか?)と戸籍謄本(天皇には戸籍がなかった
か…)が添付されでもしていたら「強制」であったと認めるつもりなのだろうか。従軍慰
安婦の問題でも、娼婦が「商売」として「自発的」に軍に同行していったので「強制」で
はなかったと言いだし、果ては、侵略先の婦女子を兵隊が強姦して「迷惑」をかけないよ
う配慮して自前の(といっても植民地の)「慰安婦」を軍に同行させたのでその点は「評
価」してほしいなどと、想像を絶する荒唐無稽な珍説をひねり出すにいたって、この国は
一体どうなってしまうのかと暗澹たる思いに呑みこまれそうになるのは自分一人ではない
はずだ。歴史を強引にねじ曲げてでも責任をとろうとしない無責任さは、どう考えても「
美しい国」の「武士道」にも悖る態度だと思うのだが。 (4月3日)
「厳粛」だって?
都立高校の卒業式の来賓を各校の校長が「慎重に」選別しているという。「適切に人選す
るように」との都教委の指導を受けてのことのようだ。過去に君が代斉唱で起立しなかっ
たり、新聞に寄稿したりしたことが都教委で問題になり、その当事者のみならず同僚の学
年担任団全員が卒業式に招待されなかったり、来場を拒否された。そのような決定を下し
た校長も、そのように命令した都教委も口をそろえて「式を厳粛にやるため」と、理由を
説明している。しかし一体いつから卒業式を「厳粛に」行うことを金科玉条とするように
なったのか。
卒業式が厳粛であるというのは、巣立つ卒業生と保護者、送り出す教職員らの気持ちがそ
のように醸成された結果でこそあれ、かくあるべきと画策して達成できるものではない。
卒業式で必然的に露顕してしまうのは、よくも悪しくもそこで行われた教育の質そのもの
なのである。だからこそ、スタイルとしていくら「厳粛さ」を装ったところで、実のない
教育はついぞ実を結ばなかった哀れなその姿を晒すだけである。なんのため、だれのため
の「厳粛さ」なのかいまいちど問うてみる必要があるのではないか。少なくとも卒業する
生徒たちの気持ちを置き去りにするような都教委・校長たちの思惑は、そんな年頃のこど
もをもつ親の気持ちを踏みにじる。
世の中には、全く「厳粛」ではないが最高に感動的な卒業式があるものだ。むすめの通っ
た中学校の卒業式がそれだ。あまりにも感動的だったので柄のもなく詩を作ったほどだ。
出来は問わないでいただきたいが、むすめの人間としての成長に感動を覚えた親馬鹿の気
持ちは伝わるだろうからつぎに再録しておく。
卒業式に
歌うことの好きなこどもたちだ
よく泣くこどもたちだ
苔の生える歌でも
蛍の光る歌でもない
自分たちの嘘のない気持ちそのままを
歌うことで確かめて
歌いたいから歌う歌なんだ
ひとに伝えることを学んだこどもたちだ
自分の気持ちを言葉にすることができるこどもたちだ
そんなこどもたちの嘘のない言葉は
ひとからひとへ伝わる力をもち
だれの心も打つのだ
「世の中のいやなことは見たくないけれど
見ないですますのはもっといやだ」
ひなたの匂いのするこどもたちだ
のびのびと育った青い麦のようなこどもたちだ
きみたちがまぶしいのは
窓からさしこむ西日のせいではない
背中にしょった未来が
どうしても顔を出さずにはいられなくて
それでつい控えめに光ってしまうからまぶしいのだ
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中村正彦都教育長、都立向島商業高校の石関元校長、都立新宿高校の高木克校長、都立久
留米高校の堂山勇校長、都教委高校教育指導課の人間よ、きっちりと覚えておくからね。
(3月11日)
失言
先日あるブログを読んでいてつぎの行に出会って大いにわが意を得た。
「よく政治家の失言騒動というのがありますが、私は基本的に政治家は失言を装っている
だけで、あくまでも意図した発言であると思っています。それをすべて『失言』と報道す
るマスコミまで含めて、すべて予定調和ではないかと」
立場をわきまえず偉そうなことを書き散らして顧客の離反を招いている商店主の場合、失
言ではすまされないものがある。せめて失言ですまされるような立場に立つか、偉そうな
ことは書かないことなのだ。"Out of sight,out of mind"とも"Absence makes the heart
graw fonder"ともいう。 (3月7日)
国会二題
国会中継を見ていると頭に来ることばかり。安倍は棒読みなのにカッコ悪いと思わないの
だろうか。そんなやつを総理大臣にしておいても大勢に影響ないとふんでいる連中の奢り
・傲慢・不遜に腹が立つ。
そんななかで辻元清美がいいことを言っていた。
「人間は経済の奴隷じゃない」と。
異議ナシ!
安倍は「格差の固定化を防ぐ」とは言っても、格差をなくすとは言わない。その一方では
高齢者や障害者の負担を増やす。その根拠が負担の公平化なんだと。「格差」と「公平」
を恣意的に使い分ける浅ましさ。
格差は温存するつもりだからだろ?もっと言えば、格差は固定化させるつもりなのだ。だ
から固定化させないと繰り返し声高に強調するのだ。こどもに注射をする医者は決まって
「痛くないよ、痛くないよ」と言って注射を打つが、その注射が痛くなかったためしはな
い。
罷免・辞任要求が出ている柳沢伯夫の発言に対して安倍は、「不適切であり、国民に誤解
を与えた」と答弁したが、柳沢伯夫という人間は、そのような女性観を持つ、品性下劣な
男性優位主義者で、セックスも(まだ可能であるなら)さぞかし独りよがりであるだろう
ことが手に取るようによく分かって、ぼくには誤解なぞの入り込む余地など皆無なのだが。
どこをどう「誤解」しろというのだろうか。
言葉が全てなんだよ。(後々何のことなのかわからなくなるといけないので補足する。柳
沢厚生労働大臣が「女性は子供を産む機械」だと発言したことについて) (1月30日)
新年 明けまして おめでとうございます 2007年 元旦
世界の平和を今年も願わないではいられません。そのための拠り所が日本国憲法九条であ
り、この理念を守りとおすことこそが、世界に対して日本国民が負う責務であることに変
わりはありません。
ドイツの詩人でシンガーソングライターでもあるヴォルフ・ビーアマンは、かつての東ド
イツ当局の的外れの公民権剥奪の決定を受けたとき、ソルジェニーツィンとの類似を指摘
され、冷静に次のように反駁しました。「問題はしかし、『社会主義的』と自称する社会
についての悲しい真実でもって、人類のもつ唯一のチャンスである社会主義についての、
危険な嘘をひろめることもありうる、という点にあるのだ」と。
なるほど、北朝鮮の核兵器開発は「悲しい真実」ですが、ボロボロの自転車を満載して出
港していく朝鮮の貨物船の姿も「悲しい真実」なのです。喧伝される「北朝鮮脅威論」に
絡め捕られることなく、問題の本質を理性的に判断していきたいものです。「脅威論」を
決して日本国憲法改悪の口実に利用させてはなりません。
「安逸を貪る特定郵便局」のイメージで郵政民営化の本質(巨大資本に新たな市場を提供
すること)を隠蔽し、日教組攻撃を教育基本法改悪の根拠へ振り向け(教育の「荒廃」を
言うのであれば、防ぎきれなかった日教組の階級的責任は重いが、元凶などでは決してな
い)、ニートやフリーターの名の下に超低賃金労働を自己責任論で合理化した(成人病を
生活習慣病と言い換える意図も同じ)。次は共謀罪と国民投票法なのでしょうか。
LIBERATION MUSIC ORCHESTRA
参議院議員のMさんの「メルマ」が届いた。戦争責任と北朝鮮の核実験について率直に語
られていて好感を持った。好感を持ったから反応してしまい、次のようにメールした。
「メルマ」最新号拝読いたしました。熱のこもった文章が、Mさんのリベラルな面を
鮮明に語っていて、嬉しく思いました。
「純情きらり」のあのシーンではもっと具体的に「許さない人」を特定していました
よね。つまり、「弟を奮い立たせ(けしかけ?)戦争に追いやった人たち」のことで
す。ここまでの言及があることにわたしは驚き、感動したのです。
A級戦犯でもなく、「わたしたち」日本国民でもなく、「戦争に追いやった人たち」
の存在を明らかにすることこそが、過去から現在にいたる戦争の本質を見誤らないた
めに必要であると思います。もちろん。広範な反戦の戦いを組織しえなかった戦前の
左翼陣営にもおおきな責任はありますよ、当然。
北朝鮮の核実験に関しては、核保有国が四の五の言える立場かっ、って認識が大切で
す。実際に核兵器を使ったアメリカが遺憾に思っているのと同様な意味で日本も遺憾
に思っているんじゃないでしょ?世界が非難しているのは事実だけれども、非難の内
容は全く異なる(核を脅威として振りかざしている国と核の脅威に曝されるだけの国
では全く意味が異なる)のだということを主張するべきではないでしょうか?
安易な北朝鮮脅威論に加担するのはやめましょう。あんなボロボロの自転車を満載で
あわただしく出航して行く北朝鮮の貨物船の姿に悲しさを覚えない人間がいたとした
ら、彼らは「人間じゃねえ!」。
あくまでも核には反核で立ち向かいましょうね。
中川って包茎か短小かインポでコンプレックス持っているんじゃないの?
最後は決まって下品な例えで終るのだけれど、根拠のない国粋主義者のおどおどした空威
張りと虚勢と負け惜しみを見るたびに、あまりにもカッコ悪いのでつい言ってやりたくな
ってしまうのだ。
さて、チャーリー・ヘイデンとカーラ・ブレイ率いるLIBERATION MUSIC ORCHESTR の最新
盤"NOT IN OUR NAME"は素朴でいい。1969年の第1作から35年経ってストレートなアグレッ
シブさは影を潜めたかに聞こえるのだが、ところがなかなかにしたたかである。その音楽
を聴いていると、1作めで次のように宣言した志が全く揺らいでいないことがよくわかる。
チャーリー・ヘイデンとカーラ・ブレイが並び立ち、それぞれ腰と肩に手をまわしている
ジャケットの写真は、その志を何十年も持ち続けてきた二人の「同志」の紐帯を感じさせ
ないではおかない。カッコいい二人なのだ。
The music in this album is dedicated to creating a better world; a world
without war and killing, without racism, without poverty and exploitation; a
world where men of all governments realize the vital importance of life and
strive to protect rather than to destroy it. We hope to see a new society of
enlightenment and wisdom where creative thought becomes the most dominant force
in all people's lives.
東京マラソン エントリー失敗
エントリーを申し込んでいた東京マラソンから落選を知らせる下記のようなメールが届い
た。
当選したのに参加費を納付しなかった人が多かった場合は繰り上げ当選者を出すのだと書
いてある。これって、ずうずうしいんじゃない?今後の石原の放言によっては大量のボイ
コット者が出る可能性だってあるのに。キャンセルとかボイコットとかではなく、「参加
料の未入金」ととらえているところがなんともお役所的ではないか。
そもそも「厳正なる抽選」ってだれが保証するのよ?こっちは過去のタイムや経験、年齢、
性別などを予め明らかにしたうえで申し込んでいるのだよ。そこら辺を調整したうえで、
大会の目指す姿にデザインしたうえで、参加者を選んでいるに違いないのに、「厳正」は
ないでしょ。
「チックを治してから出直せ」なんて日頃から言ってて、「チックを治してから出直せ」
とプリントしたTシャツで大会に参加しようとしていたぼくなどは当然排除される訳ね。
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◇◇ 東京マラソン2007 抽選結果(落選)のお知らせ ◇◇
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アンドウ フミタカ様
受付番号:530556
このたびは東京マラソン2007にご応募いただき誠にありがとうございました。
お陰様をもちまして定員を大幅に上回る申込があり厳正なる抽選を行いましたところ、誠
に残念ながら今回はご意向に沿えない結果となりました。
今後、参加料の未入金が多かった場合には、追加当選者を出すことがございます。11月中
旬頃に再度『東京マラソン2007追加当選のお知らせ』にて通知させていただく予定です。
つきましては、下記に記載される『追加当選のスケジュールについて』をご一読ください。
なお、追加当選の状況に関する問い合わせには対応できません。
また、追加当選に該当しなかった方には再度の通知はお出ししませんので、何卒ご了承く
ださい(後略) (10月5日)
追記
いままで気づかなかったが、東京マラソンの公式サイトに青梅マラソンの案内が載ったの
が10月5日のことで、ちょうど当選者の発表と同じ日だ。「こっちがダメだったヒトはそっ
ちへどうぞ」みたいですごく不愉快。ベイルート・マラソンやベルリン・マラソンと同じ
ように前からリンク貼っていればイヤらしくないのに。やることがみんな憎たらしいんだ
よ。頭にきたから青梅マラソンにエントリーしちゃった、30キロに。来年の2月4日だから
ね。 (10月18日)
男児誕生
待望の男児が生まれたそうである、帝王切開で。
日本中総じて祝賀ムード一色のように報じられている。だが、帝王切開を選択したという
ことは、母子の状態を隈なく調べたうえでの処置だと考えるべきで、その過程で当然胎児
の性別も判明していたはずだ。この事実を秘匿し続け、男児誕生の待望感・祝賀ムードを
演出してきた事実、そしてそのことをすっぱ抜かなかったジャーナリズムの一糸乱れぬ連
繋にとんでもないおそろしさを感じるのはぼくだけだろうか。将来もっと重大なことでも、
「国策」遂行上必要と認めれば、国民に秘匿し続けるのだということを国家権力自身が宣
言したのだとぼくは理解した。またそういう状態になった時、ジャーナリズムは全くあて
にならない(それどころか権力のお先棒を積極的に担ぐ)のだということも暗示している。
これらを怖いといわずしてなにが怖いだろうか。 (9月6日)
Four Green Fields
来る7月30日(日)と8月13日(日)にカンティネッタでアイルランドの伝統音楽のライヴ
が行われることになった。この分野での日本での第一人者たち、ブズーキの長谷川洋さん、
コンサーティーナの柳沢聡美さん、フィドルの田村拓志さんが演奏する。両日とも午後4
時からでチャージは1500円。ぜひ多くの方に来ていただきたい。詳しくはこのサイトの「
メニュー」のページでご案内するつもりだが、実はこのライヴの企画段階で、出演者の長
谷川さんから「予習しておくように」とでもいった感じで手渡された一枚のDVDに感動
的なものを発見した、ということをこのページには書き記しておきたかったのだ。
このDVDは"COME WEST ALONG THE ROAD : Irish Traditional Music Treasures from
RTE TV Archives 1960s-1980s"というタイトルの、さまざまな伝統的アイリッシュ音楽を
さまざまな場面で歌い・踊り・演奏するのを記録したものだ。このなかで最も感動的で印
象的だったのが、名もない少年(クレジットには"Unknown boy"とある)が小さなホールで
大勢を前にアカペラで歌う"Four Green Fields"という歌なのだ。凛としたボーイソプラノ
が淡々と響きわたり、最後には聴衆たちの大合唱が誘発される。このタイトルとこの歌詞。
ぼくはEddie & Finbar Furey の"Four Green Fields"というタイトルのレコードを持って
いることを思いだし、ほぼ20年ぶりに針を落とした。アイルランドのトラディショナルな
歌だとばかり思っていたこの曲の成立は驚くほど新しく、1960年代であることがわかった
し、歌詞を追っていてすぐに気づいたのだが、イングランドのアイルランド支配に対する
プロテストの歌だったのだ。なるほど素朴な力強さを湛えた歌のわけだ。
What did I have, said the fine old woman
What did I have, this proud old woman did say
I had four green fields, each one was a jewel
But strangers came and tried to take them from me
I had fine strong sons, who fought to save my jewels
They fought and they died, and that was my grief said she
Long time ago, said the fine old woman
Long time ago, this proud old woman did say
There was war and death, plundering and pillage
My children starved, by mountain, valley and sea
And their wailing cries, they shook the very heavens
My four green fields ran red with their blood, said she
What have I now, said the fine old woman
What have I now, this proud old woman did say
I have four green fields, one of them's in bondage
In stranger's hands, that tried to take it from me
But my sons had sons, as brave as were their fathers
My fourth green field will bloom once again said she
わたしの持っていたのはなにと、立派な老女は言った
わたしの持っていたのはなにと、この誇りたかい老女は言った
わたしには四つの緑の原があって、それぞれがわたしの宝だった
しかし余所者がやって来てわたしの宝を取り上げようとした
わたしには立派な息子たちがいて、わたしの宝を戦い守ってくれようとした
息子たちは戦って死んだ
だからわたしは深い悲しみに沈んでいるのと、老女は言った
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
この力強さはThe Sands Family が歌う"The Winds Are Singing Freedom" によく似てい
るなと思ったら、両者はともにTommy Makem なるひとの作であった。 (7月18日)
お盆
うちはきっちり新盆(旧暦ではないということね)でやる。
先ず墓参り行って、馬やマコモやホオズキや野菜(なぜか南瓜)や果物やお菓子や提灯な
どで仏壇まわりを飾り付けて、夕方迎え火を焚く。
断っておくが(そんなにキッパリ言わなくてもいい問題だがついこんな調子になってしま
った)、これはぼくにとっては宗教的な行為ではない。いまのぼくらに連綿と続く人間た
ちの歴史に対する気持ちの問題なのだ。この歴史を終わらせようとするあらゆる策動に対
して徹底的に闘っていくという決意の再確認の行為なのだ。
墓前や仏壇の前で手を合わせるとき、家内安全・商売繁盛だけを念じるのでは申し訳ない。
差別・支配・搾取のない世界の実現と世界平和を念じないではいられない。それに加えて
最近では、日本国憲法九条を守り通す決意を必ずつぶやくようになった。だって夥しい犠
牲の上にようやく獲得した憲法九条を守り通すのはぼくら日本人の義務じゃないか。
「英霊」という言葉を使う連中が、「申し訳がない」と思うなら憲法九条を守り抜くこと
だ。そうなってはじめて「英霊」たちは「犬死に」にはならないのだ。
ゼームス坂を下ったどん詰まりにある天龍寺の安藤家の墓の中には、学業半ばで「学徒出
陣」で戦争に駆り出され、1945年6月に台湾で戦死したぼくの伯父の、なんにも入ってい
ない骨壷も納められている。この骨壷に、憲法九条を守り抜く決意以外のなにを誓えよう
か。
息子を戦争で失ったぼくの祖父は諦めきれず、遺影を持って卒業式に臨み、名前の前に小
さく「故」と書かれた卒業証書を受け取った。戦死者に対して卒業証書を出すという特例
だったそうだ(そのときの新聞記事の切り抜きが仏壇の脇に張られている)。ぼくは顔つ
きとキンタマ(竿にあらず)の大きいところが戦死した伯父によく似て生まれたそうで、
「清一(伯父の名)の生まれかわりだ」と祖父はたいそうぼくを可愛がったらしい。そん
な祖父の遺骨も納められている墓前で、憲法九条を守り抜く決意を誓わないではいられな
いではないか。
お盆で「帰ってきている」かれらとちょっと話をしてみようかな、たとえ声がなくても。
菅原克己の「ブラザー軒」じゃないけどさ。 (7月13日)
妹
先日ぼくの妹がパット・メセニー(正しくは「ミシーニー」)のファンで来日コンサート
にも行ったことがあるということが判明した。まさに「判明した」という言葉が相応しい
判明のしかただったのだ。
妹とは5歳違いだが、ぼくが浪人を重ねたために、たまたま同じ大学に1年間だけ同時に
通った。シーズン・スポーツ系の軟派サークル全盛期だったので、こういうのにだけは入
らないようにと、「親心」にも似た忠告をしたところ、妹はこれを過度の干渉と受け取っ
たようで、それからというものコミュニケーションが疎になっていった。妹は大学卒業と
同時に、社会にでることなく結婚し、一女をもうけ、いまでは嫁ぎ先の(言葉の選択が妥
当でないことは承知している)の家業である電気工事会社の社長を務め、小金があるらし
い(車はメルセデスだし)。
疎遠のまま20年以上が過ぎ、先日妹がパット・メセニーのファンであることが判明するま
で、ぼくは妹の成長してからの心の内面のことについて知ろうともしていなかったのだ、
ということに気がついた。事実なにも知らないのだ。パット・メセニーはぼくも聴いてい
たし、レコードも持っていた。いってくれればそいつは貸しただろう。そこから発展させ
て他のプレイヤーを紹介することもできただろう。そういうことで「親心」を示せたはず
なのに、一切してこなかった自分の無関心を恥じる気持ちといったらいいのか、なにか妹
に対して「すまない」という感情を懐いたのだ。
まだ乳母車に乗っているころ、母親と一緒に買い物に行くと、商店街のはずれにあった焼
き鳥屋でレバー焼を一串買ってもらって、その場で食べないと気が済まなかった妹(当時
のぼくはそのことがとんでもなく恥ずかしかったのだ)。
ぼくが遊びに行こうとすると必ず付いてきたがった妹(これは商売をしている両親からの
強制でもあった。ぼくはそんな妹を疎ましく思ってもいた。だからわざと早足で歩いたり
したのだが、額に汗を浮かべて一生懸命に付いてきた幼い妹の姿が、いまではいじらしい
)。
祖父が生きていたころ、お供え物の「きんつば」を祖父にもらったのだが、こいつがいか
れていた。一口食べて異変に気づいたぼくは妹に飲み込まないように命じて、泣きそうに
なって両親のいる店に駆け戻ったことがあった。
妹の帽子にいたずらで噛んだガムを付けておいた。それを被った妹の髪に付いたガムが取
れなくなって、両親にこっぴどく怒られたこともあった
ぼくにとっての妹の記憶はどれも決まって小さいころのものに限られる。このことの異常
さにふと思い至ったのであった。 (7月3日)
"Solidarity Song : The Hanns Eisler Story"
1997年カナダのテレビ局制作の番組のヴィデオがいま手元にある。和知さんが入手したも
ののヴィデオ・デッキがないためにぼくのところにやって来たのだ。
1時間半弱の番組をぼくは興奮しながら観終えた。和知さんもおそらく同じく興奮されて
いたと思う。番組中では当然アイスラーの曲がふんだんに演奏されるのだが、どれも凝っ
た映像上の演出がなされている。ぼくたちはそれらに強く惹かれた。以下、ざっと、主だ
った曲を書き出すことにする。
1、「コミュニズムをたたえる」…「母」より。シュテファニー・ヴュストなる女性がか
細げに歌うところから番組が始まる。
2、「マーチと序曲」…「無人地帯組曲#2 Op.24」より。HKグルーバーの指揮で工場の
火花を背景にブラスの演奏。タイトルバック。
3、「テーマと変奏」…「子供のためのピアノ曲 Op.31」より。クリストフ・ケラーのピ
アノ。
4、「間奏曲」…「ピアノ・ソナタ Op.1」より。クリストフ・ケラーのピアノ。
5、「ニグロのジムのバラード」…「6つのバラード Op.18」より。HKグルーバーが顔に
靴墨を塗って熱唱。工場内の引込み線の上を手漕ぎのトロッコに乗りながら。
6、「ひそかな発進」…「6つの歌」より。もともとは映画「無人地帯」より。雑然とし
た工場の中の大スクリーンにエルンスト・ブッシュが歌うさまが大映しになり、旧録のそ
の声に呼応して数十人の労働者が歌い上げる。かなり感動的。
7、「供給と需要」…ブレヒトの教育劇「処置」より。元は「商人のうた」。「…ところ
でホンライ米とはなんだろう?…」の部分が「By the way」ととぼけた調子になるのが面
白い。オーストラリアの作家で歌手のロビン・アーチャーがパンク・ロッカーのようなメ
イクといでたちで鞭をビュンビュン鳴らしながら豪快に歌う。楽隊のメイクはオットー・
ディックス風。
8、「連帯性の歌」…ブレヒトの映画「クーレ・ヴァンペ」より。古い劇場にオーケスト
ラと私服の合唱団。指揮はディートリッヒ・クノッテ。HKグルーバーがソロ部分を歌う。
60年代の東独盤の演奏に酷似している。
9、「ドイツの母の歌」…ブレヒトの詩による。ギゼラ・マイががらんとした倉庫のよう
な室内でいすに座って頼り無げに歌う。
10、「九重奏曲 #2(VII)」…ドイツ室内フィルハーモニーの演奏。木材が積み上げら
れた工場の中で。
11、「ドイツ的ミゼラブル」…ブレヒトの戯曲「第二次世界大戦中のシュヴェイク」よ
り。カルメン・マヤ・アントニがナチスの軍服(SSかSAか?)を着て廃墟の中で歌う。
12、「カネのめざましい効用の歌」…ブレヒトの詩による。アイスラー自身があの独得
のだみ声で歌う。
13、「Moment Musical」…リヒャルト・シュトルツマンによるクラリネットのソロ。ハ
イナー・ゲッペルスの「Eislermaterial」でも演奏されているが出自は不明。
14、「ドイツ民主共和国国歌」…詩はベッヒャー。敗戦直後のベルリンの空撮映像をバ
ックに演奏される。まさに「立ち上がれ、廃墟から…」。感動的。この演奏も60年代の東
独盤の演奏に酷似している。
15、「花園」…ブレヒトの戦後の詩「ブッコウの哀歌」より。1955年の作曲。ロビン・
アーチャーが瓦礫の中のセットで歌う。「…垣と生垣に保護されて庭がある…」とはつま
り西ベルリンのことである。映像は東西ベルリン分断のドキュメンタリー。
16、「悲しみ」…ブレヒトの詩による。ただし、この詩がなんであるかぼくは特定でき
ていない。アンドレアス・シャイプナーのテノール。重厚なドイツリートの伝統を継承し
ている曲と演奏。
17、「アンダンティーノ」…「子供のためのピアノ小曲集」より。クリストフ・ケラー
のピアノ・ソロ。
18、「ドイツ・シンフォニー」…巨大なドーム状の建物の内部で演奏される。全員黒装
束。ブレヒトの詩「deutschland」による。「おおドイツ、あおざめた母! なんときみ
はよごされて 諸民族の間に座していることか。…」と始まる。「インターナショナル」
の引用の部分で終わる。
19、「コミュニズムをたたえる」…カルメン・マヤ・アントニの歌。「…単純なものだ
が 実現するのはむつかしい」という最後の2行がたいそう強調されて終るのがひっかか
る。
20、「こどもの国歌」…エンド・ロールにアイスラー自身の歌がかぶる。原題は「Anmut
Sparet nicht noch Muhe」。ハイナー・ゲッペルスの「Eislermaterial」はこの曲から始
まる。単なる愛国心の歌でないはずだが詩の真意は不明。
証言者としてヴォルフ・ビーアマンが出ているのに感動した。かれの発言は幸いなことに
ドイツ語だったので、英語の字幕が入っている。この部分は後ほど書き取ってお伝えしな
ければなるまい。
ただし、この番組全体を見たとき、その内容を必ずしも手放しで評価できるものではない
ような気がしてならない。
ブレヒトの「コミュニズムをたたえる」で始まり、同じ歌で終る構成と、「…単純なもの
だが 実現するのはむつかしい」という最後の2行がたいそう強調されて終るのがいささ
か恣意的な気がするからである。一筋縄でいかないのがブレヒトの詩の最大の特徴である。
飢えたひとから掠め取った食料や、渇いたひとの手に届かない水を食べたり飲んだりした
くない、でもそうしない訳にはいかないんだ、という内容の詩も書いているのがブレヒト
である。最後の最後にひっくり返すこの手の手法には、素直に身を任して単純に混乱する
のがよろしいのではないだろうか。そういった意味で、窮屈な結論を用意されているよう
な気がするのである。
また、番組中のインタビュイーの一人(後ほど特定する)が、アイスラーの悲劇はあまり
にも共産主義に献身的すぎた点にある、みたいなことを言っているのだが、これはおかし
い。アイスラーから共産主義を取ったらアイスラーでなくなってしまうはないか。
さらには、未亡人となった3番目の妻シュテファニーの、闘争の歌の時代は終ったの、み
たいな発言も気にかかる。臨終の様子を詳しく聞いたって意味がないでしょう。ただし、
アイスラーがワイン好きで、しかも相当な酔っぱらいだったことがわかったのは単純に嬉
しい。「ブレヒトはギターで女性をモノにしたが、アイスラーはピアノでわたしを魅了し
た」と語っていたのが印象的であった。
Eislerを「アイスラー」と発音するひとと「アイズラー」と発音するひとがいることに気
がついた。どうでもいいことなのだが、木島さんを「きしまさん」と言うか「きじまさん」
というかの違いか?
近々、さらに突っ込んでリポートすることとしよう。ひとまず。 (6月20日・26日)
NHK教育TV
TVから聞き覚えのある声。明らかに黒テントの斎藤晴彦さんの声。その番組は人形劇の
音楽番組で「ユウ・ガッタ・クインテット」という教育TVの番組だった。人形の声を斎
藤さんが演っていて歌も歌うのでまさにはまり役。先日も斎藤さんの一人芝居に一時間半
も「耐えた」のでピピッとわかった。
その後のアニメが「ぜんまい侍(ざむらい)」だって!サッカーのワールドカップ日本代
表がいつのまにか「SAMURAI」になっていたのはまったくいただけないが(だって負けて
帰ってきたら切腹だぜ、侍なら)、「ぜんまい侍」はうけた。最高! NHKは政治家の横
車になど屈せずに、ひたすらナンセンス路線を突っ走れ! (6月16日)
Ehren Watada アメリカ陸軍中尉の勇気
ハワイ出身だと聞いた。アメリカ陸軍のエーレン・ワタダ中尉がイラク戦線への配属命令
を拒否し、イラク戦争の違法性を訴える会見をおこなった。その模様を偶然目にし、ぼく
は感動で胸がふるえた。戦争を画策する国家権力、実はその後ろ楯である国家独占資本、
その暴力装置である軍隊。これらは緊密な紐帯で結ばれ、一見どこにも綻びを見つけだせ
ないようであるが、綻んだのだ。なぜか。それは軍隊の構成員の圧倒的多数は被支配階級
の出身だからである。かれらが自らの階級を自覚し、忠誠心とヒロイズムの欺瞞に気づく
とき、銃口は逆を向くのである。
エーレン・ワタダ中尉の会見の内容はこちらで読める。 (6月9日)
映画 "Bound for Glory"
ピート・シガーとならぶアメリカン・フォークの巨人、ウディー・ガスリーの自伝の映画
化。邦題は「ウディー・ガスリー わが心のふるさと」で1976年の制作。自伝は邦訳がで
ていて『ギターをとって弦をはれ』(晶文社!)である。映画は1936年から39年にかけて、
ウディー・ガスリーがテキサスからカリフォルニアへ放浪の後到着し、ラジオ番組を中心
に活動した時期を描いている。時期としては、39年にニューヨークに移り、ピート・シー
ガーやレッドベリーたちとの親交をとおして、積極的に政治にコミットしていく、その前
段階にあたり、カリフォルニアの大規模農園で、過酷を極める劣悪な労働環境に働く農業
労働者たちとの交わりのなかから、後の政治性の萌芽としての正義感を膨らませていくこ
とになる。
慈善団体でルンペンプロレタリアートにスープの施しをする富裕階級の女性と親しくなっ
たウディーが、「一つだけ聞いていいか?後ろめたくないか?」と尋ねるシーンが印象的
である。
ニューヨークに旅立つウディー(デヴィッド・キャラダインが好演)の姿にウディー本人
の言葉がかぶるラストシーンはさらに印象的である。
「…自分を惨めにさせる歌はきらいだ。自分を負け犬に思わせる歌はきらいだ。だれの役
にも立たない人間なんてありえない。それぞれ、歳をとりすぎたり、顔がまずかったり。
だが、ひとの不運を楽しみ、からかうような歌は、わたしに用はないし、絶対に歌わない。
死んでもだ。わたしは歌で証明する。どんなに不運でもこの世はきみの世界なのだ。長い
年月どんなに芽がでなくても、きみが白人だろうと黒人だろうとだ。だからわたしは歌を
続ける。きみ自身の誇りをいかす歌を…」
なんてまっすぐな言葉だろうか。「勝ち組・負け組」と臆面もなく言い放ってはばかるこ
とのない醜い感性の対極にある美しい言葉ではないか。
もう一か所感動的な歌が歌われるシーンがある。大規模農園で働くメキシコ人季節労働者
を乗せた飛行機が墜落した事故を歌った "Plane Wreck at Los Gatos (Deportee)"という
タイトルの歌である。
「…グッバイ、わたしのホアン、さよならぼくのロザリータ。アディオス、ぼくの友だち
ヘスス(イエス)とマリア…」
単なる労働力として使い捨てられる労働者は名前すら剥奪されている。そういう労働者、
しかも外国人季節労働者を一人一人、井戸の底から水を汲み上げるようにかれらの名前で
呼び上げることで、かれら「自身の誇りをいか」そうとする歌なのだ。しかも耳慣れぬス
ペイン語の名前が、他国を搾取・収奪しているアメリカという国の傲慢を告発するかのよ
うに響きあう。ここにいたってぼくは中野重治の「雨の降る品川駅」を思いださずにはい
られない。
「辛よ さようなら
金よ さようなら
君らは雨の降る品川駅から乗車する
李よ さようなら
も一人の李よ さようなら
君らは君らの父母の国にかえる
・・・・・・・・・・・・・・・・」
両者の類似は偶然ではない。支配者が必死になって喧伝に努めるナショナリズムと民族差
別が、労働者階級の国際連帯のまえではなんの効力も持ちえなくなるのだということを、
心の奥底に信念として持ち合わせている作者たちであるがゆえの類似なのである。この労
働者階級の国際連帯は、あらゆる国内・外の問題の本質を見抜くうえで、なんどそこにた
ちかえっても過ぎることのない重要な視点なのである。この視点を失ったジャーナリズム
は、どんなに深刻ぶり高尚な論調を装っていたとしても、「現にある支配関係を永遠化し
ようとする搾取的本質」(エンツェンスベルガー)から自由でいられることはない。なん
度強調してもし過ぎることがないのでそうするが、『思想運動』759号 2006年5月1日号の
つぎの主張は、他のどんな改憲阻止の主張よりも本質的である。
「労働者が労働者たる証の一つは国際連帯です。戦争と搾取の自由を本質とする新自由主
義政策を完成させようとする憲法改悪を阻止すること、これこそがこれら欧州や中南米
人民の戦いとの具体的な連帯行動であり、わたしたち日本の労働者階級が果たすべき国
際的責務にほかなりません」
そうだ、改憲を阻止することは国際的責務なのだ。
(5月22日)
亡き友 鈴木雄一の手紙 1979.12.9付
映画「ゆきゆきて神軍」で、ニューギニアで戦死した「戦友」の遺族を訪ね、「わたしは
わたしなりの方法で供養する」と奥崎謙三が語るシーンに動かされたからではない。6年
前に亡くなった親友、鈴木雄一(1958年3月15日−2000年7月29日)が、この世界に確かに
存在していたという証を、ぼくなりのやり方で明らかにしてやりたいのだ。これを「供養」
と呼ぶのなら呼べばいい。先ずは学生時代にやり取りした手紙を公開することから始める
としよう。ぼく宛の手紙であっても彼の直筆なのだから、ゆくゆくは遺された家族のもと
へお返しするつもりではある。公開にあたっては奥さんの江利子さんの了承は得ている。
ぼくのこのささやかな作業が、遺児の千尋くんが長じてから父親を偲ぶよすがとなるなら
ば、親友として少しはホッとするような気がする。
行ってきたよ。野村修(以下野村さんと呼ぼう)のところへ。君がしびれを切らしている
といけないから、とりあえず、今日の報告をしよう。昨日のうちにTELしておいたので昼
すぎ(今日は土曜)に、研究室にいくと、弁当を食べながら、2、3の本を用意して待っ
ていてくれた。電話のとき、声から想像したのと、ちょっとちがった人だった。といって
も、たいていそんなもんだよね。髪の毛は少し長めで、赤いネクタイをしめていた。なか
なか気さくな人で、初対面にしては、ずい分話をした。結論をかいておこう。
1、『亡命者の対話』の中にでてくる<<南京虫駆除の会>>の原語スペリングと性格……原
語については火曜日までに調べておいてくれることになっている。性格については、ブレ
ヒトが、そのようなものを作ろうといっていたくらいで、それほど深い意味はないらしい
が、『亡命者の対話』を貸してくれたので今読んでいるところだ。読み了えたら、また知
らせることにするね。
2、ブレヒトを漫画的に描いたものがないか……今のところは同封したものぐらいだ。野
村さんも捜してみてくれるといっているが、割りに少ないようだ。特に大きいものは。知
っている人(どっかの大学の先生らしい)が前に、ブレヒトの劇に使うのに、描いたもの
が、あるらしいのだが、いかにも絵をうつしてかいたものという感じですすめられないと
のこと。漫画ではないが1976年あたりのドイツ・リアリズム展にも、たしか1枚ぐらいあっ
たのではともいっていた。コピーをとった本を参考までにあげておこう。
BERTOLT BRECHT←コピーの小さいほう
IN SELBSTZEUGNISSEN UND
BILDDOKUMENTEN
DARGESTELLT VON
MARIANNE KESTING
(ROWOHLT)
BRECHT←大きいほう
Eine Bildbiographie
KURT FASSMANN
(KINDLERS KLASSISCHE
BILDBIOGRAPHIEN)
ところで、コピーで拡大はできないらしいね。そのへんはどうするつもりかな。
研究室に入ると、まず、本棚をみわたしてみた。ドイツ語の原書が多いから、ごく一部し
かわからないけどね。まず思想運動、社会評論、新日文などが目についた。ふつうの本は、
あまりおいてなかったが、花田の「映画的思考」、高橋悠治の「たたかう音楽」などがあ
った。日本にはブレヒトのような詩をかく人がいるだろうか。野村さんは小熊秀雄という
人をあげた。戦前の人らしいし、僕は知らなかった。童話などをかいていた人だとのこと。
そう云ったあとで、長谷川四郎をあげた。野村さんは長谷川四郎をたいへん気に入ってい
るようだ。しかし、長谷川四郎は、ここのところ、からだの具合が悪く、殆ど書いていな
いらしく、心配していた。全集は3000部とかいっていたが、ああよく古本屋でみるところ
から、よほど売れてないんだね。学芸書林の世界文学の発見は、ぜんぜん売れなかったそ
うだ。おもしろい本だといっていたし、特にスペイン人民戦争の巻はほめていた。他にど
んな本の話がでたかというと、いうまでもなく、『中国服のブレヒト』‐「メ・ティ」の
話にうつったが、いま、日本ででている訳は誤訳が多いらしい。『風の神の琴』(長谷川
四郎訳詩集)‐これは2、3日前に古本屋でみつけたのだが、野村さんに聞くと、いいら
しい。ブレヒト、エンツェンスベルガー他は忘れたが、そうそう、ロルカが入っていた。
例によって印刷されていない余白のほうが多いような本で、おまけにせりか書房から出て
いるので、高いが、ぜひ欲しい本だね。限定1000部で、番号が判でおしてあった。2軒で
みたが、1軒は2000円の定価、残りは1600円だった。それから、ブレヒトはハーセク(野
村さんはハシェクをこう呼んだ。)が好きだったんだって。だから、シュベイクの絵も入
れておいたよ。トレーナーのデザインも、シュベイクのさし絵ぐらいはっきりした、版画
みたいのがみつかると助かるのにね。ハーセクの作品は、ドイツあたりでも、シュベイク
しか翻訳されていないらしい。『ハシェクの生涯』もすすめてくれた。ヤノーホは『カフ
カとの対話』でもわかるように、カフカの弟子のような人だって。あと、ブレヒトの全集
は日本ではでないだろうかということを聞いたのだが、版権がわれてしまっているので、
むずかしいだろうといっていた。やるとすれば、白水社か晶文社ではないか。今のところ
は、『ブレヒトの仕事』と『戯曲選集』(まちがっているかもしれない)で、殆どの作品
は読めるそうだ。『ブレヒトの仕事』は絶版だといっていたけれど。京都の駸々堂にはあ
ったよ。この日はこのくらいで、インスタント・コーヒーを飲んでから帰った。
☆ ☆ ☆
新しく、2軒ほど、ジャズ喫茶を開拓してきたので、そのことでも、かこうか。
▲蝶類図鑑▲
悪名高き王将の2階くらいにしか思っていなかったのだが、サウナビルという典型的雑居
ビルの中にあった。
音は大きくないけれど、割りに気に入った。テーブルが黒びかりしているのが、なんとも
おちつく。しあんくれーるよりははるかにシンプルなつくりをしている。2階なのに、窓
はなく、小さな穴みたいのが2つあいているだけで、まあ、穴蔵と呼べそう。曲のこのみ
はよくわからないけれど、Bill Evans はあまりない。ローランド・カークは2枚のみ、僕
は Coltrane の Ballads のA面をきいてきたけど、いい曲だなあ。それから、天井から下
がっている照明のかげで、おもしろいかげが壁にできていて、ちょっとよかった。穴の光
が、いつのまにか消えていたので、日が沈んだのがわかる。店を出て、階段をおりたとこ
ろに
【紋入り(イレズミ)の方は御遠慮下さい。 ××サウナ】
というはりがみがしてあった。
▲Phoonjalarm (ふーんじゃらーむ)▲
これは、高原さんの家の近くだと思うけど、伊織町にある。アーチ型のトンネルみたいな
のをくぐった奥で、きれいな店。一歩入ったとたん、がっかりしてしまった。というのは、
テレビ・ゲームが、1台ではあるが、スピーカーのよこにがんばっているのが目についた
からだ。音は小さい。こーひーもあまりおいしくなかった。Waltz for Debby をリクエス
トした。あんまり気に入った店でもないが、しあんくれーるのようにクロスオーバーづい
ていないから許せそう。
君が京都に来たときには、行きましょうね。
夜がふけてきたことだし、ペンを置きます。
1979.12.9
AM 3:00
いま、イノダのコーヒーを飲みながら、つづきを書きはじめた。さっきは電話をくれてあ
りがとう。久しぶりに声を聞くのは嬉しいからね。ところで、まず、訂正をしておかない
といけない。うっかり『ブレヒトの仕事』が新刊であったなんて云っちゃったけれど『ブ
レヒト作業日誌』の誤り。びっくりさせてごめんなさい。それから、さっきしゃべったこ
とはこのまえの手紙(No.1〜4)と重複が多いけど、がまんして読んでくださいよ。ところ
で、先日、寺町通りの古本屋をのぞいていたら、『大学別左翼教授総覧』なる、みるから
にひどそうな本があった。何ていう出版社か忘れたが、他にどんな本がでているかと思っ
て、しまいの方みると、『労働運動から企業を守る』とか、とにかくひどい。もしや、と
思いぱらぱらと頁をくってみると、野村修の名が見えた。高原さんはのってなかったけれ
どね。しかし実にくだらないことが、かきならべてあった。いつ、日共の××に執筆した
とかね。これによれば、野村さんは、新日文の幹事をやっていたらしい。例によって、過
激派を支持したなどともあった、それから『亡命者の対話』を君が、まだ読むというより、
見ていないということが、わかったので、いうけれど、とにかくおもしろい。中のレイア
ウト(こう呼んでよいのか自信がない)も気に入ったよ。中村宏という僕の知らない人が
やっているようだ。1963年に初版がでてから、増刷していないらしいから、古本屋でぜひ
みつけてほしい。僕も捜してみるけど。野村さんには、さっきも云ったとおり、火曜にま
た会うことになっているので、それからまた手紙をかくことにするよ。
× × ×
僕の1日について話そう。きょう(日曜)は、昼すぎまで寝ていた。起きると遅い朝食を
とり、このままでは1日がもったいないもったいないような気がしたので、大原まで散歩
にでかけることにした。ちょうど、君から漬物をたのまれていたので、それもついでに買
えるしね。一度、山を越えて大原まで行ってみたかったんだ。1時間半ほどのハイキング
はちょうどよい運動になったよ。しかし、帰りのバスがすごかった。いつでも、そんなも
んだけれど、特に、このシーズンの日曜の人出といったらない。途中でおりるのは僕だけ
だったから、苦労しちゃったよ。とにかく、漬物は2、3日したら別便で送ることにする。
× × ×
あまり一度に書くと、話がつきてしまいそうだから、きょうはこのへんでやめよう。また
手紙くださいよ。
1979.12.9
24:30
下宿で
(4月27日)
キューバを応援してどこが悪い
WBCの決勝戦で日本対キューバの試合の中継を観た、善良な日本人の友人たち十数人と。
彼らは当然のように日本チームを応援していた。ぼくはただ一人キューバを応援していた。
戦前だったら「非国民」と罵られリンチに遇ったかもしれない空気。ただし彼らの名誉の
ために書き添えておくが、彼らは決してそんなことをする人間ではない。居合わせた人間
が彼らでなかったら罵られなじられるくらいはあったかもしれない。これからますますこ
んな空気が濃厚になっていくに違いない。スポーツが押しつけるナショナリズムにはつい
うっかり絡め捕られてしまいそうになる。どの国でも権力者が使う常套手段がこれだ。
それにしてもキューバ・チームはよく戦ったと思う。アメリカで、金まみれのプロに囲ま
れ、金のない国の選手たちは決勝戦まで勝ち抜いた。負け惜しみなどではなく、これは紛
れもない快挙である。 (3月22日)
ショスタコーヴィチのピアノ五重奏曲(作品57)
いまこれを書きながら横ではグレン・グールドのレーザー・ディスクを再生させている。
すごくきれいなメロディーに鳥肌が立ちそうになって画面を見ると、ショスタコーヴィチ
のピアノ五重奏曲(作品57)であることが判明した。
なんて美しい曲。寸止めで、はぐらかされてばかりのショスタコーヴィチだと思っていた
ら、こんな素直な曲も書いていたんだ。このレーザー・ディスクは常連の花岡さんからの
預かりもの。再生装置は同じく常連の和知さん(watiさん)からの預かりもの。エリック
・ドルフィーが中心の250枚に及ぶ花岡さんのレコード・コレクションも同時にお預かり
した。当店の環境はお客様の賜物である。
グールドが音楽で実践したような、きわめて知性的かつ教養豊かなアプローチを、ワイン
の世界でやる人間は出てこないのだろうか。ビオディナミなどというまやかしがまかり通
るワイン界、詐欺師ばかりじゃ悲しかろう。
きょうの朝日新聞夕刊の一面トップで香田証生さんを殺害した男が自供したとの記事を読
んだ。一緒にいたむすめは「香田さんを殺したのは日本政府だ」と言った。よくぞ言った
わがむすめ。これ以上明白な事実はない。そのとおりだ。わがむすめが正常な感性と知性
と世界観を獲得して成長してくれたことがなににもまして喜ばしい。
自民党と民主党の贋メール事件は噴飯ものの茶番。自民党に合流したくてうずうずしてい
る民主党の連中に口実を与えただけ。民主党が崩壊して自民党に合流して大政翼賛・挙国
一致体制の出来上がりというわけか。ホリエモンも皇位継承問題も贋メールも重大な事件
ではないはずだ。こんな記事ばかり垂れ流すジャーナリズムは情けないったらありゃしな
い。 (3月2日)
Tema de la Quebrada de Humahuaca
なんとなく点けたテレビから聞き覚えのあるサンポーニャの音がふいに聞こえてきた。こ
の曲が"Tema de la Quebrada de Humahuaca"というアンデスのメロディーであることに気
付くのにほんの少しの時間がかかった。あまりにも突然だったから。「なぜこんなところ
で?」というとまどいがあったから。しかも演奏がかつて慣れ親しんだインティ・イリマ
ニのそれに酷似していたのである。
それはトリノ・オリンピックのアイス・ダンス男女ペアで金メダルを獲ったロシアのチー
ムが使っていた。演技の後半はなんと"Sicuriadas"という、これまたアンデスのメロディ
ーで、しかもインティ・イリマニに酷似した演奏のものに変わったではないか。かれらは
完全に、これら2曲を収めたインティ・イリマニの"Canto de Pueblos Andinos"というア
ルバムを意識していると確信した。1973年の9月11日、CIAが画策したピノチェ
トのクーデターにより、チリに帰れなくなった海外演奏旅行中のインティ・イリマニの亡
命先がイタリアであったということからの選曲なのかもしれない、とも勘ぐることもでき
る。
実はこのアルバム、ぼくらにとって思いで深いものなのだ。もう二十年ちかく前、新しい
舞踊作品を作ろうとしていた舞踊家がいて、素朴なメロディーを探していた。共通の友人
に紹介されてぼくは彼女にアンデスのメロディーをたくさん聞かせた。彼女はその中から
1曲"Tema de la Quebrada de Humahuaca"を選んで「月の夜」という作品を作った。彼女
はその後ぼくの妻になった。 (2月27日)
中川敬のインタビューをお読みなさい
ソウル・フラワー・ユニオンのリーダー、中川敬のインタビューは素晴らしい。ぼくの携
帯電話の着メロである「満月の夕べ」ができた背景がよくわかる。南京虐殺や従軍慰安婦
問題がなかったと歴史を改竄する連中を「自慰史観」と言ってのける痛快さといったらな
い。今年リリースされるという「モノノケ・サミット」名義の新アルバムが楽しみだ。
http://www.magazine9.jp/interv/nakagawa/index.html
http://www.magazine9.jp/interv/nakagawa/index2.html
今日の朝日新聞朝刊の6面にもインタビューが載っていた。いいぞ、いいぞ (2月14日)
映画『グッバイ、レーニン』
1989年から1990年にかけての東西ドイツの統一を扱った2003年のドイツ映画である。主人
公の母親が倒れ意識不明の状態が何ヶ月も続いた。その間にベルリンの壁は壊され、通貨
が西ドイツマルクに統一され、ホーネッカーが退きと、国が激変した。その後意識が戻っ
た母親はショックが禁物な状態なので、主人公(息子)は国の激変ぶりを母親に悟らせま
いと奇想天外な大芝居を打ち続けるという内容だ。全編に主人公のナレーションがかぶさ
るからというわけではないが、『トレイン・スポッティング』にきわめて近い雰囲気を持
っている。ラスト近くで、アイスラーが作曲した「東ドイツ国歌」が朗々と流れるなか語
られる次のことばに感動を覚えた。
「…わたしたちの信じる理想は世界中を鼓舞しています。社会主義は扉を閉ざすのでは
なく、他者に手を差しのべ共存することです。夢を描き実現させることです。…資本
主義の生存競争とは違う暮らしを希望し、出世主義や消費社会を望まず、無意味な競
争を拒んだ人々です…」
東西ドイツの統一は、社会主義に対する資本主義の勝利などではなくて、逆に社会主義の
理想を資本主義世界に広めていくことだったのではなかったのか。そんなことを考えたら
嬉しくなった。他者を出し抜き、ひたすら自己の利益を追求する、「勝ち組・負け組」の
禍々しい価値観はそこにはない。 (2月7日)
いったいいつの時代なんだ
「天皇さま その血の重み なぜ私は女系天皇に反対なのか」寛仁親王殿下
「下流社会 団塊ニートの誕生」
「日はまた昇る 日本はなぜよみがえったのか?」
「中国が沖縄に原爆を落とすとき」石原慎太郎
「『NO』と言えるサムライ国家に」石原慎太郎
「ご巡幸60年目の真実 『人間』昭和天皇 大いなる旅」
「証言 鮮やかな『昭和人』50人 この見事な生き方を見よ」
これらは戦前の雑誌の見出しではない。まぎれもなく今朝の『朝日新聞』朝刊に載った『
文藝春秋』2月特別号の広告にあるおもな見出しなのだ。天皇制と昭和へのノスタルジー、
アジア諸国に対して目一杯の虚勢を張った日本の姿と、国内における経済的階層化を促進
して憚らない「勝ち・負け」の価値観で埋めつくされている。とんでもなく恥さらしで正
視に耐えない内容だが、ここまであからさまにやられると怖さを感じる。有無を言わせな
いぞ、とでもいった言論の暴力を感じる。こんなのに好き勝手やらせておいていいのか。
と、いったところで対抗できるようなメディアがあるのだろうか。『週刊金曜日』では発
行部数はもとよりページ数においてすら完敗だ。中立性なんてかなぐり捨てて、なりふり
構わずひたすらにインターナショナルな視点を擁護し、反動メディアに対して攻撃を加え
る強力なメディアを早急に作っていかなくてはならない。もはや「買ってはいけない」式
の消極的な対応で済ますことはできなくなっている。国粋主義の大津波はもうそこまで迫
って来ているのだ。 (1月10日)
「ビールは鮮度だ」じゃあないでしょ!
アサヒビールが繰り返し流すテレビCMが気に入らない。「ビールは鮮度だ」と主張して
いるのをうっかり鵜呑みにしてはいないだろうか。そりゃあアサヒスーパードライのよう
な薄いビールには鮮度が必要なのかもしれないが、臓器移植じゃないのだから時間単位の
鮮度維持なんて本当に必要なのだろうか。鮮度が必要ということは直ぐに劣化するという
ことを意味しているのではないのか。修道院タイプのベルギービールのように、ある程度
は熟成感を楽しめるビールだって世の中には存在しているではないか。断言しよう、ビー
ルは味だ。いくら新鮮でもアサヒスーパードライみたいな味のないビールは真っ平御免な
のだ。
毎度下品なたとえで申し訳ないが、イチモツの大きさの話しになったときに、固さの問題
に話題をすり替えるケチな奴を思いださないか。去年の衆議院選のときと同じだ。あのと
きの争点は郵政の民営化などでは決してなかったのだ。 (1月4日)
明けましておめでとうございます
世界が平和になることを本当に願います。「勝ち組・負け組」などという言葉を平然と口
にしてなんとも思わない感性と価値観、差別意識、搾取と被搾取の力関係を壊していかな
くてはなりません。よその国が軍隊を持っているからといってこちらがそれに合わせる必
要など更々なく、戦争放棄をうたった素晴らしい憲法を持っている世界で唯一の国である
がゆえの世界貢献をこそしていくべきなのです。わたしたちができる最大にして唯一の世
界貢献は、この日本国憲法を変えないということです。 (2006年元旦)
また出た、「BRUTUS」の羊頭狗肉作戦
今度は温泉特集だ(前回はワイン特集)。表紙に乳頭温泉の「鶴の湯」なんて使って(ワ
イン特集の時は森下の「山利喜」だった)!中身は萎びた(鄙びたにあらず)「高級」旅
館ガイドでなんとも中途半端。編集者(及び外注のライター)たちの温泉に対する愛情の
なさを暴露している。マオカラーの上着着たヒゲの親爺が主人の宿は絶対にイヤ!
業界さんたちの人気投票で「あさば」が1位ね…。「あさば」って温泉じゃなくて旅館だ
よね。6位に「鶴の湯」が入っているけど唐突な感じ。だって宿泊料金が1桁安いんだも
の。4万円も5万円もして温泉はないでしょ。温泉っていうのはズバリ1万円未満のとこ
ろ!長万部の二俣ラジウム温泉なんて2食付き1泊で4000円で泊まれたぞ(十数年前だけ
ど)。ワイン特集の時も「山利喜」がアリバイ的に挿入されていたけど、今回は「鶴の湯」
がその役か。「やっぱり温泉でしょ!」と表紙に大書しているくせに、結局、旅館特集な
わけなのね。
「あさば」の息子は辻清明の器がふだん使いで、サイ・トンブリの作品収集家で、料理屋
に行っても板前が緊張する、育ちの良さと趣味の良さは眩しいほどのいいやつなんで、わ
たしは好きだけどね。好きだけど「あさば」には行かないだろうな…。
それにしても「BRUTUS」、やり方がとってもイヤらしいよ、編集長の石渡健文さん。
(12月8日)
皇室典範の大見出しにビックリ
このところ連日、女性天皇をめぐる皇室典範がらみの報道が新聞の第一面でトップニュー
ス扱いだが、こんなことをトップニュース扱いにする大手新聞メディアの良識を疑う。い
や犯罪的ですらある。今朝「皇室典範」の大見出しを目にして、タイムスリップした感覚
を抱いた。貸本屋で米穀通帳の呈示を求められたときと同じ感覚を。おそらくこんなこと
はどうでもいいことなのだ。どうでもいいことを、あたかも重要なことであるかのように
飾り立てていこうとするメディアの、もっといえばその背後の国家権力の、強い意志を感
じずにはいられない。郵政民営化を無理やり争点に仕立てあげて圧勝したこのあいだの選
挙と同じ手口をね。墓場からゾンビを這いださせるな。
皇室ネタは報道しないというメディアがあってもいい。報道する自由が脅かされているの
なら、報道しないことで対抗してもいい。共謀罪について書かないのなら皇室についても
書くな。 (11月25日)
言論封殺は封殺する側に大義がないということ
国家権力・右翼・国粋主義者の類はなにかというと直ぐに言論封殺をやりたがる。でもこ
れは、議論をしたら自分たちに大義がないことが明らかになってしまうからやるのではな
いか。心底正しいことだったらいくら時間がかかっても説明したいと思うのが人情ではな
いのか。国会での、数を頼んでの審議打ち切り、強行採決などはその最たる例である。そ
の時点で、隠れ蓑にしようとした「大義」が実は大義でもなんでもなかったことが明らか
になるのだ。 (11月22日)
★★★
ジョギング=とぼとぼ歩く日記 2005.10.11〜
2月7日(水)ひそかな発進
ハンス・アイスラー作品28「六つの歌」より「ひそかな
発進 労働者・農民諸君」というわけで、大会後のジョ
ギング再開だ。膝の靱帯痛も筋肉痛も癒えて快適に走れ
た。腰の回転と腕の振りを意識して走った。チョウケイ
靱帯のストレッチを覚えてからというもの膝の違和感
が雲散霧消して頗る快調。9.2km 58'22" 9.5km/h
大会が過ぎてしまうと重圧感も消えて、身体までも軽く
なったような気がして、楽しく走れた。こんな感じでず
っと身体の動く限り走っていたい。
いくら褒められるからといっていつまでも青梅マラソン
ネタ続けるとカッコ悪いのでこの辺でやめておくが、今
回気づいたことでどうしてもということだけ書き留めて
おく。
1、足の土踏まずの水マメは今回できなかった。という
のもランニング用の靴は会場までもって行き、汗ばんだ
足をきれいに乾いたタオルで拭いて靴下も新しいのに履
き替え、乾いた状態で走ったためと思われる。水マメは
足が汗でふやけた状態でできやすくなるのではないだろ
うか。
2、乳首の保護にはワコールのバスト・エイドという一
種のニップレスが最適だということ。バンドエイドでは
かぶれやすい。このバスト・エイド、3〜4時間はしっ
かりガードしてくれるはず。乳首の大きい女性の場合は
どうなのだろうか。
3、3時間強のレースの途中ではトイレにいかなかった。
もしいっていたらこのタイムではゴールできなかったろ
う(トイレが長蛇の列だから)。前立腺肥大で頻尿ぎみ
のぼくでももったことは大きな勝因だ。そのために事前
に体内の水分調節はしておくべきである。レース中は給
水ポイントがあるので必要量をその都度補える。
4、スタート前の防寒にビニール袋製の即席ポンチョを
被るのはとても有効だった。スタート時で気温12度と比
較的暖かだったがそれでも快適だったことには違いない。
冬のレースではこれはかなり有効。
5、CWXの下着のボクサーショーツは股擦れもなく蒸れ
もなくかなり快適。同じくCWXの手袋はレースをとおし
てはめたままでOKだった。保温と通気が両立されている感じ。
2月4日(火)青梅マラソン
快晴の青梅マラソン、完走できた。順位・タイムは後ほ
ど送られてくるが自分の時計では3時間24分ほど。まず
は完走できてホッとしている。
やはり25キロ過ぎから燃料切れ。同時に左右の膝の靱帯
が痛み出して、時々舗道に上がってはストレッチしなが
らなんとかゴールに入った。前半15キロまでは足切り時
間まで40分ほどの余裕があったので、後半はその分を切
り崩す形での完走となった。
燃料切れについては前々から懸念があって、先輩ランナ
ーの安藤さんに相談したら、行きの電車の中でカステラ
1本食べていけば大丈夫とのアドバイスをいただいて実
行した。しかし6切れ(1本の半分)食べるのがやっと
だった(もそもそして)。だからなのか燃料切れ状態に
なって猛烈な空腹感。沿道の人々から差し出されるバナ
ナ・チョコレート・飴・キャラメル・クッキー・煎餅な
どを片っ端から食べた。みんな涙が出るほど美味かった。
給水所で取ったコップがただの水だとがっかりだが、ま
れにポカリスエットにあたった時などもあまりの美味さ
に感激した。周囲のランナーからも歓声が上がっていた。
フィニッシュ後に配られたアクエリアスと秋田小町のお
にぎりの美味しかったこと。本当に涙が出そうだった。
その後飲んだ缶コーヒーもただただ美味しくて。
本当の飢餓などこんなものではないのだろうがそれに近
い体験だったのかもしれない。
コースの途中で演奏された迫力満点の地元の太鼓には大
いに励まされた。前を走る女性ランナーのカッコいいお
尻にも大いに励まされた(どうせ顔は見えないのだから
思いっきり妄想を膨らませていただいた)。それに快晴
のもとで遠くまで見渡せた美しい山の稜線にも励まされ
た。
ただスターターが石原慎太郎だったのにはビックリ。
「あのオッサンよく顔を出せたな」は隣のベテランラン
ナーの言葉。青梅マラソンの当初の日程に東京マラソン
をぶつけてきて、その結果青梅がわが2週間繰り上げた
という経緯(いきさつ)を踏まえての発言で、選挙が近
いので強引にしゃしゃり出てきたのだろうが、オッサン、
意外に評判悪そう。人気も盤石じゃないかも。
まあ、これでぼくは思い残すことはなくなったわけだ。
1月30日(火)
6.2kmを37分49秒で走った。9.8km/h [京浜運河のみ]
来客の時間が迫っていたため最短の距離を走った。
昨晩安藤さん(!)から教わったことをいろいろと思い
出して実践してみながら。力まずにいい感じになってき
たような気がする。ニコニコペースを心掛けよう。
1月29日(月)6824番
9.2kmを1時間12分30秒で走った。7.6km/h [京浜運河+
品川埠頭]
ジョギングがすっかり定着した月岡さんと。昨日は「忍
者ハットリくん」「ブースカ」「少年ジェット」「ララ
ミー牧場」「逃亡者」「名犬ラッシー」「ウルトラQ」
「鉄人28号」などの懐かしいTVドラマの話で終始盛
り上がりっぱなしで楽しく走れた。一昨晩(というより
昨日の朝方)BS2で「コンバット」「逃亡者」「ローハイ
ド」と立て続けに懐かしいのを観てしまったのが話の発
端。「ローハイド」にクリント・イーストウッドが出て
いたとはびっくり。「コンバット」のビック・モローに
はジョニ・ミッチェルのライヴ映像で再会したばかりだ
った。
青梅マラソンのナンバーカードのお知らせハガキがきて
いた。6824番だった。17000人エントリーしているそう
だから思っていたよりも前のほうだなあ。ぼくらの前は
女性ランナーらしい。けっこういい位置かもしれない。
張り切っちゃうかな。
1月27日(土)RENAULT5GTX
昨年末の妻の追突事故以来入院していた愛車RENAULT5GTX
が戻ってきた。ボンネットと片方のフェンダーは新品だ
ったが残りの部品は極力中古で探してもらった(金がな
いので)。ピカピカで帰ってきた。いつもながらすごい
ぞ!レフナースの中山さん!
保険は全損扱い。でも直して乗り続けるつもりだ。15年
目に突入した。
1月26日(土)万葉集
鴨すらも 己が妻どち あさりして 後るる間に
恋ふというものを (万葉集)
だとばかり思っていたら、岩波の『日本古典文学大系』
によると以下のようになっていた。「間」はアイダとは
読まずホトと読むのね。
鴨すらも 己が妻どち あさりして 後るるほとに
恋ふというものを (万葉集)
「己が妻どち」とは自分の妻どおしでお互いにという意
味。
「あさり」は「求食」という字をあてて、食べ物を探し
歩くの意味。
番いの鳥を見ると連想してしまうイメージの集団的な集
積が日本的なんじゃないのか。これが美しい日本の姿で
あって、安倍は理解できていないな。
ぼくはこれでも日本文学科出身。上代・中古文学史は落
としまくって再試験でようやく卒業にこぎつけた訳でし
て…。
1月24日(水)鴨すらも…
吾妻ひでおの新刊『逃亡日記』読むべきか読まざるべき
か。
疎水に浮かぶ番いの鴨を目にして思い出した。
鴨すらも己が妻どちあさりして後るる間に恋ふというも
のを (万葉集)
名にしおはばいざこと問はむみやこどりわが思ふ人はあ
りやなしやと (在原業平 「伊勢物語」)
昨日の朝刊によると湯川記念財団の理事長で京大名誉教
授の名は佐藤文隆とおっしゃるのだそうだ。一瞬ビック
リ。
品川区議の原雅美(自民党)が、政調費として請求して
いた土湯温泉への家族旅行の代金などを返納したのだそ
うだ。さもありなん。彼だけじゃないでしょう。同じく
自民党の築館武雄は図書費と文具費の白紙領収書で大量
に請求してたそうだし、公明党の中島美恵は視察絡みで
夫を運転手に仕立てて幾ばくかのカネをちょろまかした
のだそうだ。みんなせこい!
それにしても、土湯温泉の商店街(土産物店)を一人で
視察したから一人分はOKみたいなことをコメントして
るけど、なんの収穫があったのだろう。ぼくは行ったこ
とあるのでわかるけど、すくなくとも品川区には温泉街
はないのだし。素朴に疑問。というより視察ってウソだ
ろ?
調査に名を借りた踏み絵・密告の奨励。「出席停止」を
チラつかせておいてそれはあまりにもあからさまだろう。
それに対する道教組の対応は妥当・当然。こんなことも
反日教組キャンペーンに組織化するのか。↓の論調は180
度逆。
http://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/news2/20070124wm00.htm
1月21日(日)阿夢露?
9.2kmを1時間11分で走った。7.8km/h [京浜運河+品川
埠頭]
怪我(外傷)がほぼ癒えての練習復帰1日目。最近進境
著しい月岡さんと。ごくごくゆっくりのペースで二人で
9.2キロ走った。月岡さんもう一人立ちできている。一
緒にベイルートマラソン行く?
ところで創傷の治療は湿潤な環境を保った方が乾かすの
よりずいぶんと具合のいいことがわかった。浅い傷など
は丸三日で完治した。なによりもつれて痛いことがない
のがよい。治るスピードもかなり速いと思った。ただし
サランラップを広範囲に巻いたため汗疹になってしまっ
た。患部以外はガーゼなどで保護が必要か。
CW-Xの手袋頗る快適。蒸れずに最後まで着けていられる。
きょうその手袋の方々に穴を発見。火曜日の試走の折り
に転倒した痕跡に違いない。手袋のおかげで指は無傷だ
ったのか。
青梅マラソンまであと13日か…調整のしかたがわからな
いが、もう長い距離は走らない方がいいだろう。ちょっ
とワクワクしてきた。楽しんでこようと思う。
初場所の千秋楽。BSで三段目からじっくりと観る。いる
いる面白いのが。
三段目では「阿夢露」!なんて読むと思う?「アムール」
だそうだ。言わずと知れたロシア出身。アムール河から
の命名だろう。ならば黒竜江と書いてアムールと読ませ
てみてはいかがかな?
幕下では「栃ノ心」!グルジア出身。「黒海」と同じく
ヒゲが濃い。チェコ出身の「隆の山」は超ソップ形でい
い身体している(デヴィッド・キャラダイン似)。モン
ゴル出身で「大草原」なんてのもいる。いいしこ名だ。
「朝青龍」時代は当分続くだろうな。
きょうの朝刊にはお詫び・回収の広告だらけ。「おたべ」
まで。そんなことするなよ、みっともないから。些細な
ことを針小棒大に。「おたべ」だよ。いじめる相手が違
うぞ、納豆ダイエット捏造のマスコミよ。伊吹の問題は
どうしたんだ。えっ?
むすめはきょうセンター試験模試(昨日今日のセンター
入試の問題をやってみる模試)に出かけている。
1月17日(水)昨日の試走のこと
昨日、安藤は青梅マラソンのコースを試走して完走でき
たのです。3時間19分33秒でした(本番では3時間40分
以内で走らなければなりません。スタートラインを通過
するのに10分弱かかるそうなのでギリギリのタイムでは
ありますが)。
大会事務局がある河辺の総合体育館で着替えて、奥多摩
街道沿いのスタート地点を出発。青梅線の線路に沿って
東青梅、青梅、宮ノ平、日向和田、石神前、二俣尾、軍
畑と、このあたりまでは調子よく走れました。途中10名
ほどのランナーとすれ違いました。みなさん気さくに挨
拶をかわしたりして、これが結構励みになるんですよね。
ある年配の方など狭い歩道で道を空けて待っていてくれ
て、すれ違いざまに「行ってらっしゃい」と声をかけて
くれました。ということは、この老人はコースをフルに
走って折り返して来たのだな、と思ったら神々しく見え
ました。
澤の井の蔵のある沢井、御岳のあたりで空腹を覚えたの
で持参したウイダーインを走りながら摂取(カッコいい、
本物のランナーみたい)。ここまではだらだらとした上
りが続いてきたもののそれほどきついとは感じなかった
のに、この先、川井を過ぎて折り返し地点までの上りは
きつかった!両足の土踏まずにマメができて痛み出して
きました。なんでこんな所にできるのか、ぼくなりに考
えたのですが、足の疲労がある程度を越えると土踏まず
のアーチを維持できなくなって、その結果必要以上にシ
ューズと接触するためなのではないでしょうか。
折り返して大正橋の15キロ地点までで1時間31分(この
時間は毎年の優勝タイムじゃないか!ぼくの倍の速さで
走るのか…)。本番ではここに最初の関門があってスタ
ートから2時間05分で通過しなくてはいけません。だか
らまずまずではあっても、スタート時点のごたごたを考
えると決して安心できるタイムではないのです。
で、まあ折り返して黙々と、足のマメを気にしながらも、
復路最大の難所といわれる三角山の上りもなんとか越え
られて、25キロ地点の宮ノ平駅を越えたあたりで、突然
ぼくの眼前に地面が迫ってきました。歩道上のなにかに
躓いて転んだのです。咄嗟にというか偶然にというか、
柔道の受け身よろしく右肩から転がるように接地して、
走っている勢いがあるのでそのまま1廻転して、すっく
と2本の足で着地してしまったのです。ですからそのま
ま止まらずに走り続けたのですが、しばらくすると右の
肘と膝が痛み出してきたので立ち止まって見てみると見
事な擦過傷。というよりえぐれてる。それに膝の外側の
靱帯もおかしい。しばらく歩いて様子を見ることにしま
した。最早これまでか、と思ったそのとき、道の反対を
髪の長い女性が伸びやかなストライドでぼくを追い越し
ていくではありませんか。こうなったら行けるとこまで
行ってやるぞ!と、また走り始めました。でもマメはど
んどん痛くなるし、肘と膝はズキズキ疼くし、満身創痍
でゴールしたのです。ですから途中、15分ほどは立ち止
まったり歩いたりした訳です。
総合体育館で妻に電話して、ロッカールームで着替えて
帰ろうとしたら喫茶室が目に入りました。「ピルスナー」
の文字に目がくぎ付けになりました。当然入ってカール
スバーグをたのみましたとも。なんて甘くて美味しいビ
ールなことよ。このビールがこんなに美味しかったこと
はいまだかつてなかったぞ。このとき初めて完走の歓び
がふつふつと湧いてきたのでした。
帰り吉祥寺で途中下車して、「カッパ」でレバ生・ガツ
生・コブクロ生を(当然タレで)堪能したのは言うまで
もありません(あっ、その前で駅のホームのジュースス
タンドでラズベリーの生ジュース飲んだ)。
風呂に入ったら傷がしみたしみた。
※創傷治療には二つの考え方があって、一つは従来から
の患部を乾かす方法で、もう一つは乾かさない方法なの
だそうです。今回膝の傷に関してはサランラップを巻い
て乾かさないでみました。乾かした(というより放置し
ている)肘は動かすたびに傷むのですが、膝は全く痛み
ません。
昨日走ってみてよかった。自信らしきものができたみた
いです。
本番は2月4日です。
1月11日(木)
9.2kmを56分10秒で走った。9.8km/h [京浜運河+品川埠
頭]
曇りでとても寒い。昨日の今日なので身体が重い。あま
り無理しないように心掛けたらこのタイムか…。
品川区民公園のまえのロウバイはもう蕾がほころんでい
た。いい香り。
1月10日(水)
9.2kmを52分45秒で走った。67.7 kg 10.5km/h [京浜運
河+品川埠頭]
昨日青梅マラソンの下見をしてショックを受けて練習し
なくてはと思って走った。早く走ったつもりがこれか…。
1月9日(火)
15kmを2時間38分で歩いた。5.7km/h [青梅マラソンのコ
ース片道]
コースの下見で折り返し地点まで歩いた。アップダウン
の激しさよ!果たしてぼくは完走できるだろうか?
(帰りはもちろん吉祥寺で途中下車して「カッパ」でレ
バ生で一杯やりましたとも)
12月24日(日)
6.2kmを46分00秒で走った。[京浜運河往復]
もう既にデビュタントとは言えない月岡さんと。もう月
岡さんは一人でも走れるでしょう。週中にもう一回走る
と飛躍的に効果が顕れるでしょうね。
最近野暮用が多くてなかなか走れないので一週間近くあ
いてしまった。本当にゆっくりと。このペースもいいも
んだ。
北風が強かったけど意外や寒さは厳しくなかった。
12月17日(日)a running beauty!
7.7kmを49分46秒で走った。[京浜運河往復]
月岡さん、吉田さんと。お二人とも6.2キロを走り通し
た。すごい!
ぼくは連続4日目だったのでペースダウンして軽く流す
つもりだった。デビュタントのお二人と走ってちょうど
よかった(後半はぼくのペースで走ったけど)。筋肉が
ほぐれた感じで気持ちいい。これからゆっくりと風呂に
入ろう。
そうそう、本日特筆すべきはあのインド系超美形ランナ
ーとすれ違ったこと。ヘレニズムの彫刻のような彫りの
深い顔立ち。伸びやかな身体に小さな頭部。バンと張っ
た存在感十分な腰回りに長い脚。一つにまとめた真っ黒
な長い髪を揺らしながら大きなストライドで悠々と走っ
ていた(しゃかもかなりのスピードで)。ため息が出る
ほどの美しさだった。今度はいつ遭えるだろうか…。
12月16日(土)タイツ
11.2kmを1時間05分40秒で走った。瞬間最低体重66.0kg
10.2km/h [京浜運河+品川埠頭+α]
この距離が3日続いている。これからはこれがノーマル
になるのか。
起床後ゆっくりと入浴。全裸のまま簀の子を丹念に洗う。
たわしをこするたびにダラリと伸びきった陰のうが揺れ
るのは、寒さで縮こまっていることの多いこの季節、別
の意味で気持ちがいいものだ。
きょうは久しぶりにフィット感の強いタイツで走った。
このタイツ、イチモツの納まりがよろしくなくてずっと
穿かないでいたのだが、久々に穿いてみると締めつけ感
が気にならず結構いい感じだった。ぼくの体形に変化が
あったからなのか?
帰ってからスイーティー1個、キウイ1個、苺半パック、
ヨーグルト1個、豚汁でご飯。さがらやぶきたのお茶美
味し!スイーティーは好きだな。
12月8日(金)収穫23個
庭の柿の木に鳥たちの来襲が俄に増してきた。もう一刻
の猶予もならない。去年よりも少し早いが柿の実を収穫
することに決めた。
案の定鳥たちにつつかれた実が十数個。無傷で収穫でき
たのは23個のみであった。隔年結果の傾向が強いわが家
の柿は去年大豊作で何百個と採れたので今年はこんなも
の。そのかわり粒が大きくて立派。食べたらいつもなが
らの甘さであった。鳥たちはよく知っている。
12月7日(木)香炉庵+生駒屋
本日足の弱ったおふくろを雪が谷大塚のサノ眼科に車で
連れていく。雪が谷大塚にいった時はほとんど必ず「香
炉庵」でコーヒーのテイスティング+購入となる。眼科
が混んでいたので時間がなくなり、テイスティングはし
ないでいつもの深煎り系の「コンティネンタル」を購入。
こんな時に限って面白そうな新しい豆が煎り上がってい
たりするんだから…。「リズムアンドブルース云々」の
口上にひかれ「印象」という新ブレンドを購入。冬の初
めはコーヒーの香りに浸ろうか(煎茶派の人間だけど)。
帰り道の馬込で「生駒屋」の大学芋を購入。この道を通
ると必ず寄る店。普通の大学芋ももちろん美味いが、気
に入っているのは「薄切り」というチップス状の大学芋。
芋の量に対する蜜の量が圧倒的に多く、ぷっくりとした
膨らみの中から期せずして蜜のしみ出したる時などいと
おかし。
12月2日(土)とうとうやった30キロ
本日のjogging
30キロメートル 3時間10分59秒
穏やかな天候で絶好のジョギング日和。今朝寝床の中で
ふつふつムラムラと30キロに挑戦してみようかなという
気にはなっていたのだ。でもそのことは誰にも告げずに
家を出た。最初の9.2キロは身体が重く、嫌な気がしてき
たのだが、次の9.2キロは絶好調。しかし25キロを過ぎて
がたっと身体が動かなくなってしまった。まさに燃料切
れといった感じで。猛烈な空腹感。とにかく足が上がら
ない。路面のちょっとした凹凸も気になるし、まるで素
足で走っているかのように着地の衝撃がダイレクトに膝
にくる。この残り5キロの長かったこと。右足土踏まずに
大きなマメをこしらえた。両ふくら脛と両腿に久々の強
烈な筋肉痛。遠足の後のように足が重い。思えばこうい
う時には決まって夢精したものだ。
(11月下旬からの記録は後ほどアップする)
11月25日(土)Imperial Palace
4.9kmを24分34秒で走った。55.2kg 12.0km/h [皇居一周]
東京自治労連主催第五回ロードレース大会に参加させて
もらった。ぼくの大会初参加。男子一般の部で7位、記
録は22分くらい(聞きそびれたので後日訂正する)。
といっても参加10名中での成績だが。シニアの部の方お
二人には確実に抜かれているが、途中からぬかれた女性
はその背後を我慢してついて行き、最後の300メーターで
抜き返した。全体で50名ほどのレースだったが、最終的
な順位は今の段階では不明。知らないコースというのは
嫌なものである。いつものコースよりも短いのに先が読
めないのは不安になる。竹橋あたりの連続する上りはき
つめであるが、レインボーブリッジの方がよりきついか。
途中から追い抜かれた女性の背中がペースメイカーとな
っての記録だ。レースは雰囲気が独得なのでつい走れて
しまうのか。病みつきになりそう。
(送られてきた記録をもとにタイムを訂正 2007.1.12)
11月19日(日)
本日のjogging
9.2キロメートル 77分55秒 (月間累計6日目 58.4キロ
メートル 375分16秒)
先週に引き続き月岡さんとウオーキング。途中3キロは
極々ゆっくりとジョギング。途中からポツポツと降られ
た。東京女子マラソンの交通規制直前の第一京浜国道を
渡って帰った。
11月18日(土)
本日のjogging
6.2キロメートル 33分47秒 (月間累計5日目 49.2キロ
メートル 297分21秒)
野暮用でこの1週間も走れなかった。その間吹き出物が
できたり、体臭が臭くなったりして「禁断症状」出てき
ました。走るとね、なんとも気持ちがよいのよね。時速
11キロか。
11月12日(日)
本日のjogging
15.4キロメートル 105分47秒 (月間累計4日目 43.0キ
ロメートル 263分34秒)
木枯らし一番らしい。めまぐるしく変化する空模様。北
風は乾燥していてひんやりと気持ちがいい。先週は野暮
用続きで全く走れず1週間以上間があいてしまった。グ
リコーゲンタップリなのでいくらでも走れる気がしたが、
先ずは身体を慣らしてからと思った。身体が軽かった!
今日は月岡さん(旦那)も一緒。これからも一緒に走っ
てくれると楽しいのだが。医院の診察の合間なぞにちょ
いと一走りなんてダメですかね?
11月4日(土)
本日のjogging
9.2キロメートル 53分54秒 (月間累計3日目 27.6キロ
メートル 157分47秒)
身体が重い。でもいい天気なので走らない手はない。当
初超スローペースで軽く流そうと思っていたのだが、途
中から前方に現われ走り出した髪の長い女性が結構いい
ペースなので追いついてやろうとペースを上げた。けれ
どもかなり速くて途中で諦めた。そうやってつられた分
だけしっかり走ってしまった。帰りの旧東海道沿いの果
物屋で巨峰とラ・フランスとレモンを買った。みんな超
特価。レモンに至っては5個で105円(超小粒だけど)!
帰ってから食べたらどれもすごく美味しくて得しちゃっ
た!
昨日に引き続き屋上の露天風呂にお湯ためて、カミツレ
の入浴剤入れて、高田渡のCD聴きながらゆっくりと浸か
った。最高にいい気分! もうこのまま寝てしまいたい
けどこれから営業だ。
11月3日(金)
本日のjogging
9.2キロメートル 53分16秒 (月間累計2日目 18.4キロ
メートル 103分57秒)瞬間最低体重55.8kg。
いい天気。しかし身体は重い。きのうちょっとペースを
上げたから? 筋肉中にグリコーゲンが蓄えられていな
い感じ。いやー、女性ジョガーが増えたこと。CWXふう
短パン・ハーフパンツ着用のかたが多いこと。みなさん
脚が長いんで思わず見とれてしまう。
11月2日(木)
本日のjogging
9.2キロメートル 50分41秒 (月間累計1日目 9.2キロ
メートル 50分41秒)
時速10.9km/hか。なるべく早く走ったつもりでこんなも
のか…。
10月31日(火)
本日のjogging
9.2キロメートル 54分41秒 (月間累計16日目 136.4キ
ロメートル 799分20秒) 瞬間最低体重?
神楽坂の黒テントでジャン・ジュネの「女中たち Les
Bonnes 」を観た。1時間50分にわたる台詞の格闘技を
観ているようだったが、品格とエロチシズムのあるとこ
ろが格闘技ではなく明らかにジャン・ジュネの芝居だっ
た。
劇場で配られたレジメのようなペーパー(黒テントは最
近この体裁でぼくは気に入っている)に書かれた溝口迪
夫の次の一文は痛快だ。
いまや現実は演劇以上に仮装変装に満ちている。『美し
い日本』が「美しい言葉」で語られ始めている。しかし
て、その実体は……仮面をはぎ、虚偽の「美」に対する
異議申し立ても演劇のひとつであろう。
10月30日(月)
本日のjogging
9.2キロメートル 54分17秒 (月間累計15日目 127.2キ
ロメートル 744分39秒) 瞬間最低体重?
「ジョグノート・ドット・コム」というランナー、ジョ
ガーのためのサイトがある。自分の記録をためこんだり
するのに便利なので重宝していたのだが、青梅マラソン
にエントリーしたのをきっかけに「マイレース」なるペ
ージに登録した。そこにはコメントが書けるようになっ
ているので、以下のように愚痴ってみた。反応があるか
どうかわからない。ひょっとしたら管理者によって削除
されるかもしれないので、こちらにコピーしておこうっ
と。※この問題かなり根にもっているぜ。
投稿日 2006/10/30 21:10投稿者 マリオ はじめまして、
わたしも東京マラソン落選組みの一人です。
東京マラソン事務局からの落選を知らせるメール、なん
か変だったと思いませんか? そのメールによると、わ
たしは「厳正なる抽選」の結果落選したことになってい
ますが、そもそも抽選とはランダムなものなのですから、
極端な話し匿名で応募してもいいのですよ。しかし今回
の応募者は過去の経験から性別・年齢・職業・タイムま
でそれぞれの属性を全て開示した上で応募しているので
すから、それらのデータを主催者が分析して当選者を決
めることだって可能だったはずです。現に応募の締め切
りから結果発表まで一ヵ月半もかかっているのはなんで
でしょう。実際そうしていたんでしょう? 恣意的に決
めたんでしょ? わたしが主催者だったら当然そうやっ
て、理想的なレース像をデザインしますもの。しかしそ
れは「抽選」とは言わないのです。「選考・選抜」と言
うのです。「選抜」しておいて「抽選」と言ってはいけ
ません。あくまでも「抽選」したと言い張るのならどの
ような方法で抽選したのかを明らかにすべきです。コイ
ンの裏表で決めたとか、こういうソフトを使ったとか。
それともう一つ、補欠の繰上げみたいな表現がありまし
たが、それも辞退者が発生した場合ではなくて、参加費
の納入が期限内に行われなかった場合と書かれていまし
たよね。これってものすごくお役所的な発想だと思いま
せんか? 実際はそういうことなんだけれども、こう書
かれてしまうと身も蓋もない感じがします。はっきり言
ってイヤですね。
そんなことから市民マラソンのあるべき姿について考え
させられました。青梅マラソン、初参加だけど楽しんで
こようと思います。みなさんよろしくお願いいたします。
※追記:いまのところ削除されていないし、「同感」と
のコメントももらった。少しホッとしている(11月7日)。
10月29日(日)
本日のjogging
9.2キロメートル 54分13秒 (月間累計14日目 118.0キ
ロメートル 690分22秒) 瞬間最低体重?
10月27日(金)
吾妻ひでお「失踪日記」を読む。・・・・・・・・・・
・・・・・・・・イヤなタイミングで読んでしまった。
ぼくは一体だれに向かって語りかけてきたのだろうかと
思う。これからだって。
このサイトを立ち上げた時、毎日のようにテイスティン
グ内容を告知するメールを配信して、面白がられていた
(と思っていた)のに。最近ではスパムメール扱いされ
たりしている。もうお払い箱ってわけか。心が萎える。
このあいだこの秋初めてセーターに袖を通した(セータ
ーの袖に腕を通したと言うべきなのか?)のに。いい季
節になったのになあ(嗚咽しながらこんな感じのこと言
うシーンのある映画なんだっけ、思い出せない)。
市川準の映画「あおげば尊し」を観る。親父の晩年のこ
とが甦ってきた。直腸癌の手術の際の麻酔のために幻覚
を見ていた親父が、「文隆はどこにいる?文音(ぼくの
むすめ)は?」と言い続けていた。その時のなんの腹蔵
もない親父の目が忘れられない。葬儀の挨拶でぼくは商
売のことを話したが、本当はそんなことではなく、史的
唯物論とマルクス・レーニン主義をぼくに示してくれた
親父にありがとうと言うべきだったんだ。商人になりた
かったわけじゃなかったのだし、商人たってたいしたも
んじゃなかったのだし。それなのに寺の坊主には戒名料
150万円取られちゃって。天竜寺のクソ坊主、お経の
途中で居眠りしやがって。共産主義者だから戒名はいら
ないのに「戒名がないとお墓に入れません」だとぬかし
やがって。ああー、みんな悔やまれる。
10月25日(水)
本日のjogging
9.2キロメートル 53分11秒 (月間累計13日目 108.8キロ
メートル 636分09秒) 瞬間最低体重65.5キロメートル
10月22日(日)
本日のjogging
6.2キロメートル 38分56秒 (月間累計12日目 99.6キロ
メートル 582分58秒) 瞬間最低体重は計れず
帰り道に桜橋のたもとの来々軒で餃子+タンメン+ビー
ル。素通りしようとしたがなぜか戻って入ってしまった。
初めて入った。丁寧に作られていて美味しかった。
共謀罪の強行採決が怖い。しかしこの期に及んで補選で
なんで自民党なんだ。もう言うなりじゃん。
10月21日(土)
本日のjogging
18.4キロメートル 107分26秒(月間累計11日目 93.4キロ
メートル 544分02秒) 瞬間最低体重65.6キログラム
青梅マラソンにエントリーしている人で、月間500キロメ
ートルも走っている人がいるのを目にして刺戟されたの
で18.4キロメートル走ってしまった。充実感。
10月19日(木)
本日のjogging
6.2キロメートル 36分16秒 (月間累計10日目 75.0キロ
メートル 436分36秒) 瞬間最低体重66.1キログラム
10月16日(月)
本日のjogging
6.2キロメートル 37分13秒 (月間累計9日目 68.8キロ
メートル 401分20秒) 瞬間最低体重66.0キログラム
10月15日(日)八木さんからのメール
本日のjogging
9.2キロメートル 54分06秒 (月間累計8日目 62.6キロ
メートル 364分07秒) 瞬間最低体重66.0キログラム
快適なんてもんじゃないくらい快適に走った。素晴らし
い季節になったものだ。
以下は一昨日もらった八木さんからのメールを紹介しよ
う。後半は一本取られた。さすが上手い例え。前半には
誤解あり。権利の問題を書いたのではなく、10階建てに
住んでいるということは別の人の太陽を既に奪っている
のだという気持ちはないのか、ということ。
ええ、つまらんツッコミです。
>>既に10階建ての建物に住んでいるやつが、15階建ての
新築計画に対して「太陽を奪うな」と抗議できるか?
もちろん抗議できます。その権利があります。
マンションというのは「景観」も含めてお金払っている
わけですから。
くわしくは、こちらをごらんください。
http://www.nazosite.com/~victoria/
ちなみに今回の問題は、
「核実験を2000回もやり、しかも核爆弾を実際に使った
ことさえあるような国が」えらそうなことを言うな、ボ
ケ.....という話だと思っております。
建物で言うのでしたら、25階建ての高層マンションを山
のように建てている業者が2階建ての家に文句をたれる
な、という話でございましょう。
あ、まずい、ライブに行かなきゃ...
八木
10月14日(土)ザクロ
本日のjogging
6.2キロメートル 35分31秒 (月間累計7日目 53.4キロ
メートル 310分01秒) 瞬間最低体重66.0キログラム
快適な気温、少ない湿度。汗はかいても直ぐに乾くので
なんとも快適。帰り道には少し肌寒さを感じた。
桜橋のたもとの八百屋でザクロを発見。カリフォルニア
産の巨大な実。1個350円。「3個買うんで50円まけて
くれ」と頼んだらまけてくれた。言ってはみるものだ。
実をほぐし、ざるに入れ、こそぐようにしてジュースを
搾る根気のいる作業はこれからだ。グレナデンの生ジュ
ースをシャンパーニュに加えたカクテルを「シャンパー
ニュ・オリエンタリス」と命名したのはぼくだった。
本田由紀の『多元化する「能力」と日本社会 ハイパー
・メリトクラシー化のなかで』届く。帯には「人間力っ
ていうな!人格や感情の深部をまさぐられずに生きる道
はどこにあるのか」とある。これはぼくの感覚ときわめ
て近い。成人病をわざわざ生活習慣病と言い換えようと
する作為に感じる違和感もその一つだ。患者の放埒な生
活が招いた因果な病である、との評価まで盛り込んだ病
名には違和感を感じずにはいられない。「業病」という
ニュアンス。
10月12日(木)
本日のjogging
6.2キロメートル 36分42秒 (月間累計6日目 47.2キロ
メートル 274分30秒) 瞬間最低体重66.2キログラム
10月11日(水)車検
本日のjogging
8.2キロメートル 47分56秒 (月間累計5日目 41.0キロ
メートル 237分48秒) 瞬間最低体重65.3キログラム
ホトトギスの花が咲きはじめていた。渋い花色で、これ
また落ちついた感じの香りがある。次に咲きはじめるの
は山茶花かな。
やっとの思いで車検を通した。これであと2年は乗れる
という訳だ。10万キロメートル、15年か…。以下のURL
にうちの車についての言及がある(写真の車ではない
方)。
http://www.interq.or.jp/tokyo/f-ando/page3.html
「美しい日本」だって?冗談いっちゃいけないぜ。だれ
にとって「美しい」と思える国なのかってことがスッポ
リと抜け落ちているんだよ。「美しい」と思えるってこ
とは、思っている人間の価値観にその国家体制が合致
し、その国から迫害されたり経済的に置いてきぼりn>を
食らっていず、余裕を持って生活を継続して行けるであ
ろう安定感を持ち続けられるような境遇=階級にある人
間だってことだ。つまり、安倍にとっては「美しい」国
であっても、香田証生さんの家族にとっては「美しい」
国であるはずがないのだ。
もちろん「美しい国」=風光明媚な国・掃除のゆきとど
いた国であるわけがない。安倍が敢えて明らかにしよう
としない「美しい国」の中身とは、国歌権力の命令には
一糸乱れぬ忠誠心を発揮して応え、権力に歯向かう異分
子は進んで排除し、辛くても不満はのべず、命を失って
も化けて出たりしない、そんな「慎み深い」、ヤマトダ
マシイとブシドーを備えた「美しい」国民が住む「美し
い国」ということなんだろ、えっ?隠したりせずにはっ
きりと言えよ!
でもね。ぼくはイヤだそんな国、まっぴらだ。汚かろう
が貧しかろうが、みんなが笑って暮せる国がいい。
さて、北朝鮮の核実験についてだ。
核については、たとえ平和利用であっても断乎反対する
のだから、軍事目的の核実験には当然反対である。非難
したり制裁を加えようとする国があるが、核保有国は非
難する資格はない。新たな国の核実験を非難するのな
ら、自国の核兵器を廃棄してからにしてもらいたい。喧
嘩に臨んで、飛び道具を既に持っているやつが、相手も
飛び道具を持とうとすることを非難できるか?既に10階
建ての建物に住んでいるやつが、15階建ての新築計画に
対して「太陽を奪うな」と抗議できるか?
アメリカは不快に思っていることだろうが、こっちまで
不快に思うことはない。核には反核の立場で立ち向かう
べきである。
制裁を加えるって?そんな立派な国がどこにあるんで
しょうね?偉そうに。まったくずうずうしいったらあ
りゃしない。
パウロ・フレイレの「被抑圧者の教育学」を持ち出すま
でもなく、全ては対話で解決すべきなのだ。
今日の朝刊の新聞広告にギョッとした。総合警備保障株
式会社(ALSOK)の広告。「そのスピードがALSOK品質
いざという時には、直ぐにガードマンが駆けつけま
す」って、ヘルメットと防弾チョッキに身を固めたガー
ドマンたちが警棒を岡っ引きの十手のように構えてなに
やら叫んでいる写真が載っている。異常な雰囲気。警
棒って明らかに凶器だよな?城南信用金庫の前にも従業
員らしき男たちが警棒を持って立っているが、これも許
されるの?凶器準備集合罪ってあったよなぁ?こんなの
容認していいのかよ。
さっき新聞片付けていたら、9月28日の「朝日新聞」に
「安倍新政権を問う」というインタビュー記事を発見し
た。未読であった。本田由紀という東大の助教授が「格
差・教育」について語っていてこれが素晴らしい。
「この国は教育や雇用・労働の面では美しくない。いや
そもそも、美しいとか凛としているとかいった情緒的な
言葉で政策を語るべきではない」
そのとおりじゃないか。本田由紀、覚えておくよ。
チャーリー・ヘイデン+カーラ・ブレイのLIBERATION
MUSIC ORCHESTRA、2枚届く。ブレヒト+アイスラーの
「統一戦線の歌」で始まる1969年録音の第1作目もすご
いが、1983年録音の"THE BALLAD OF THE FALLEN"がいい。
セルヒオ・オルテガの「不屈の民」を演奏しているから
という訳ではない。音に厚みがあって揺るぎない。完成
度が高いのだ。チャーリー・ヘイデンの"SILENCE"がいい
(サックス奏者の小森さんも推奨)。ジャズの世界にも
こういう人たちがいたのだということを知っていたら、
あの時ジャズに愛想を尽かさなかったのに。
以下はある雑誌の依頼で書いた文章だが、記録として残
しておきたくて、コピーしておく。気が向いたらご一読
を。
「風景の中の居酒屋」
今年四月に亡くなったフォークシンガーの高田渡に「さ
びしいといま」という曲がある。詩人の石原吉郎の詩に
曲を付けたもので、切ない心情を硬質に表現した独得の
哀調を湛えた曲である。この曲が市川準監督の映画『東
京夜曲』の挿入歌であることはCDジャケットのクレジッ
トから知れていた。先日この映画を実際に観る機会が
あった。「焼け棒杭に火がついた」的な中年の恋愛映画
と言ってしまえば身も蓋もないが、市川準監督というの
は街を魅力的に撮るのがずいぶんと上手いものだと感心
した。挿入歌の使われかたも効果的だった。それにもま
して印象的だったのは、ロケ地が浦安の旧市街であった
ということであった。
実は数年前に、千葉県浦安市の旧市街、住居表示でいえ
ば堀江、猫実、当代島といった、旧江戸川沿いの堤防で
守られた辺りをわたしはスケッチしながら歩いたことが
あったのだ。建築家の鈴木喜一先生が主宰する「神楽坂
建築塾」に、門外漢ながら在籍させていただいていた時
に、街並みスケッチのフィールドワークで一回だけ訪れ
たのだ。昔の漁村の面影を残す佃煮屋や船宿、水害との
戦いの歴史を物語る水門や堤防。これらが作りだす風景
の背後に息づく庶民の生活の確かさのようなものが、初
めての来訪者にも懐かしさに似た感情を呼び起こさせた
のではないだろうか。街を歩きながらやさしい気持ちに
なっていった。広大な高層住宅群やショッピングセン
ターが作られた新市街の荒涼とした風景とはまさに好対
照であった。これから何十年も時間が経ったとして、新
市街に懐かしさを感じることが果たしてあるのだろう
か。
この「懐かしい」という情感に支えられて編まれた居酒
屋の本がある。『下町酒場巡礼』という大げさなタイト
ルの正・続二冊(四谷ラウンド刊)のことなのだが、凡
百の居酒屋ガイドブックとは大いに異なり、個々の店の
住所や電話番号などの記載は一切ない。店に対する編者
たちの想いが淡々と綴られ、お世辞にも立派とは言えな
いうらぶれた風情の店内の黒っぽいモノクロ写真が添え
られている。料理や酒の蘊蓄とかいくらで飲めるとか
いった視点とは明らかに異なった選択眼が働いているの
である。例えば、北千住の「大はし」、北区上十条の
「斎藤酒場」、葛飾区立石の「うちだ」、台東区日本堤
の「大林」といった、存在感に気押されてちょっとや
そっとでは敷居を跨げないような、オーセンティックな
居酒屋だけがとり上げられているのである。
この本を最初に読んだ時、その中の一店、台東区三ノ輪
の「亀島酒場」にはピンとくるものがあった。「亀島」
という珍しい名前と「著名な写真家が下町を撮った写真
集にも登場した」という記述から、ずっと以前に読んだ
ことがある『一銭五厘たちの横丁』(児玉隆也 晶文社
刊)にとり上げられた亀島さんの店に違いないという直
感であった。こちらの本は、戦争中に家族を戦地に送り
出している留守家族の写真を撮って戦地に送る仕事をし
ていた写真家の桑原甲子雄の、焼け残ったネガをもと
に、撮影時から30年経ってから、そこに写っている
人々の消息を尋ねたルポルタージュである。亀島さん一
家だとわかったのは、背景の店舗のガラスに書かれた
「琉球泡盛」の文字が決め手になったのだという。撮影
当時3〜4歳のおかっぱ頭の女の子は、この本が出版さ
れた時(1975年)40歳くらい、『下町酒場巡礼』
が編まれた時(1998年)には「おばあちゃん」と呼
ばれる年齢になっている。そのレイコさんという名の亀
島家の娘さんは、お兄さんが南方で戦死した後は、お母
さんを助けて結婚もせずに店を切り盛りしているのだと
いう。わたしは矢も楯もたまらず確かめに行ってしまっ
た。ご存命であることを祈りながら。
三ノ輪駅から土手通りを少し行ったところにその店は
あって、意外とあっさりと見付けることができた。全面
にガラスのはまった引き戸を引いて店内に入ると、オー
センティックな居酒屋に典型的な「コ」の字カウンター
が設えられていて、そこに取りつく常連客とおぼしき1
4〜5人でほぼ満席であった。一見して余所者とわかる
わたしのために空いている椅子を融通してくれた。奥の
厨房から出てきた小柄なおばあさんは、「お待ちどおさ
ま」と言いながら先客の前につまみの皿を置いた。この
藤色のかぶりものをした、やさしい声のおばあさんがレ
イコさんであると確信した。酷しく辛い時代を生き抜い
た庶民の姿に感動のようなものを覚えた。年代物の瓶か
ら汲んだ40度の泡盛はとても柔らかく優しい味がし
た。
こんな経験をしたからだろうか、わたしの祖父が死の直
前まで書き続けていた「私の履歴書」という絶筆のこと
を思い出した。わたしの祖父、二代目安藤清吉は196
8年(昭和43年)6月に癌で亡くなったが、その死の
床で自らの生涯を綴ろうしていたようであった。そのメ
モをわたしの父がまとめ、タイプ印刷で12頁の小冊子
を作り、四十九日の法要の席で配ったらしい。手元に残
るこの小冊子には明治・大正・昭和を生きた庶民の生活
誌と地域の変貌のありさまが生き生きと記されていて興
味深い。以下にこの小冊子の面白い部分をご紹介させて
いただこう。
二代目安藤清吉(幼名 平治)は1896年(明治29
年)東京の城南品川区大井(当時は荏原郡大井村)に、
初代清吉の第三子として生まれた。生業は「百姓」だっ
たそうだ。
私の幼少の時、祖母は信仰 の傍ら点灸をしていた。
稲荷を祭る大百姓と欲望のないのが魅力でか、当時は乗
物の便もなかったのに横浜あたりより人力車で点灸に来
る人もあり、私の父親が作った百番までの下足番が出
払ったことも度々あり、点灸神殿は勿論、祖母の二十畳
ほどの居間等も常に満員であった。
初代清吉は1899年(明治32年)に本家から分家
し、本家「大西」に対して屋号を「小西」とした。これ
が小西屋商店の由来である。
日清戦争後、日露戦争の兆があらわれ、軍需工場が東
京付近に進出してきた。畑に次々と家が建ち、農地の減
少にともなう農業の将来を考え、……半農半商を考え父
は三ッ又の草分けとしてよろずや式営業を開始した。
酒、食料品、荒物、雑貨、たばこ、薪炭、農業用具は勿
論、傘、下駄から履物まで一通りは揃えてあった。
父の作った胡瓜、茄子その他の野菜は夕方店頭になら
び、サメズ、浜川東京湾の漁師が持ち込む獲りたてのか
には茹で、魚類は煮魚に天ぷらに母が加工して、職工さ
んやお客さんに喜ばれ繁昌していた。茹でたかにで焼酎
を飲む連中もあって大変な人気であった。
後半部分はわたしにとってとりわけ感慨深い。初代清吉
から下って四代目のわたしのする商売がワインバーであ
るからだ。居酒屋」の語源は酒屋の店頭で酒を飲む「居
酒」という行為にあるという。ならば今も昔も立派な居
酒屋である。業態が先祖帰りしたというわけでである。
私の店舗のある場所は、品川でも一番高い地盤であ
る。店の前の道路にベンチを出して両国川開きの花火を
毎年はっきり見た。
今では信じがたいことである。信じがたいことといえ
ば、縁日の由来とその隆盛ぶりである。この縁日はわた
しが小学生の頃まで細々と続いていたが、かつての隆盛
の面影もなかった。
明治四十年頃、近所にぼつぼつ商店ができてきたの
で、父は商店街の発展を企画し、大井村鎧ヶ淵三五〇〇
番地の本家所有地内にあった当時雨ざらしで辻に立って
いた子育地蔵を利用し、古道具屋の三部辰五郎、菓子屋
の藤宮熊太郎と共に自ら発起人総代となり、品川署に
(当時大井警察署はなかった)縁日を出願した。職工さ
んの月給日と休日をえらび、毎月十四日、晦日を縁日と
した。…… 最初のうちは露店数も少なく、父は弁当代
として出店者にその都度五十銭宛与えていた。この頃の
五十銭は、最高の鰻丼を食える価値であった。…… 大
正にはいり、映画館もできて、縁日露店も七百 を越す
盛況となり、警察も夕方より車止めをして呉れた。……
東京の三大縁日として亀井戸の天神、巣鴨のとげ抜地
蔵尊と共に売れる縁日として有名となった。
祖父自身の神学について綴った部分がある。
或る日、島田則正校長が店に来て父と話しをしてい
た。私のガキ大将ぶりを父に云いつけにきたな、と思っ
て障子の蔭で立ち聞きしていた。校長は「お宅の平治君
(僕の幼名)の元気振りにはちょっと困るが、暗記力は
優良で、一度教えたことはよく覚えている。それに成績
も一・二番で負けず嫌いだから中学校にやって貰えば伸
びると思う。府立一中(今の日比谷高校)ぐらい必ず入
れると思うから進学させてくれないか」と云っていた。
父が何と答えるかと息を殺して聞いていた。父が云うに
は、「うちはごらんの通り子供が十人いて子守をさせな
ければならないし、店の手伝いも必要だ。それに、入学
以来級長で通した長男善太郎も中学へやらなかったのだ
から二男をやる訳にはいかない」と返事をしていた。校
長さんもがっかりしたらしかったが、僕も涙が流れた。
その年同クラスより萩原甚太郎、浜本義絹の二名が一中
に入学し、毎朝焦茶色のカバンを掛け、颯爽と登校する
のを羨しく姿が見えなくなるまで見送るのだ。
この時の祖父の無念が、その後自身が親となった時には
子どもたちに「最高学府まで勉強させてやろうと決心」
させたに違いない。果たして二人の息子(つまりわたし
の伯父と父)は東京帝国大学に進学した。
自伝はこの後、兵役のこと、関東大震災のこと、酒の直
接買い付けのことと続き、昭和四年に木造三階建ての新
店舗を建てたところまでで絶筆となっている。
10月9日(月)洗濯物
本日のjogging
9.2キロメートル 54分26秒 (月間累計4日目 32.8キロ
メートル 189分52秒) 瞬間最低体重65.1キログラム
きょうもよく晴れた。家で洗濯物を干してからのスター
トだった。洗濯物がパリッと乾くのはなににもまして気
持ちのいいものだ。きのう着ていたシアサッカーのシャ
ツには軽く糊を効かせて干した。あの生地だけはアイロ
ンをあてたくないから。前立てがめくれないように丁寧
に形を整えて干した。
いつものコース+品川埠頭1周で9.2キロメートル。メ
タセコイヤが何本かかたまっている場所がある運河沿い
の道は緑のトンネルだ。木漏れ日が明るく、一瞬非現実
的なお伽の国の風景のようだった。ラベルの「ダフニス
とクロエ」の冒頭が浮んできた。それで今朝がた見た夢
を思い出したのだった。
五反田のポーラの本社ビルが取り壊しのため周囲を安全
鋼板で囲われていた。少しの隙間から中に入るとあちこ
ちから光が差し込んでいて、足元にひたひたと波立つ水
一面に反射してきれいだった。音のない不思議な空間だ
ったという夢。
昨晩の深酒がたたって体重は微増。でもサックス奏者の
小森さん、ボリビア政治学者の早崎さんたちとの深酒だ
ったからとても楽しかった。体重が少しばかり増えたっ
ていいじゃないか、って気分。
10月8日(日)合点
本日のjogging
9.2キロメートル 52分18秒 (月間累計3日目 23.6キロ
メートル 135分26秒) 瞬間最低体重64.7キログラム
昨日に引き続いて快晴。風強く、綿菓子状の雲が速く流
されていく。その雲の向こう側がたいそう明るい空なの
で、雲の周縁部が白く輝き、中心部は銀色でグラデーシ
ョンを成している。いつもの京浜運河沿いのコース+品
川埠頭1周コースを連続して走った。
今日は前を走る人がいて、ぼくと同じようなペースだっ
たので、ちょっと燃えて追い越してみたり。追い越した
ら逆に追い越し返されるのも悔しいので、結構ペースを
上げて走り通してしまった。それなのに昨日よりタイム
が悪いとはどういうことだと思って、帰宅後にジョグマ
ップで距離を測ってみたら、なんと品川埠頭1周が2キ
ロメートルだとばかり思い込んでいたのに、3キロメー
トルあることが判明したのだ。昨日は同じコースを2キ
ロメートルだけ余分に走ったので正確に8.2キロメートル
だった。というわけで、今日は9.2キロメートル走ったの
だった。これで全て合点がいった。いままでの累計距離
に若干の修正が必要になるがまあいいか。
帰宅後風呂(ヒノキチオールの入浴剤入り)。グレープ
フルーツ(南アフリカ産だった!)、冷凍マンゴー入り
ヨーグルト2個分、塩味のワンタン麺(ワンタンこれで
最後)。
10月7日(土)秋晴れ
本日のjogging
8.2キロメートル 47分03秒 (月間累計2日目 14.4キロ
メートル 83分08秒) 瞬間最低体重65.9キログラム
最高の秋晴れ。空気の透明感が抜群で日差しが肌に刺さ
るように強烈。風が強く湿度が低いので汗をかいてもす
ぐに乾く。快適に走ることができた。これからの季節は
いいぞ。
きのうの風で木の枯れ枝や松ぼっくり、ドングリなどが
コースに散乱していた。うっかり踏みつけたりすると足
首の捻挫・骨折を招きやすいので注意が必要だ。
帰宅後入浴、グレープフルーツ、巨峰、豊水、すずかお
り納豆でご飯、明太子と山椒ちりめんでお茶漬け、茹で
栗。お茶はしばらくきらしていた相良やぶきたの大走り。
やはり美味い。洋梨のバートレットは香りは良いのだが
まだ硬い。もう少しだな。
9月6日(金)「金」がつくからって訳じゃないけど
雨、すごい雨。
せっかくの三連休前の金曜日だというのにこの雨では商
売あがったりでっせ。
さっき妻と話していて、「おれはそんなに肝っ玉の小さ
いヤツじゃないよ」と言うべきところを、「金玉の小さ
いヤツじゃないよ」と言い誤ってしまった。
妻 「そうだっけ?」
ぼく「おたふくかぜで腫れちゃって治ってから萎縮して
しまった方じゃない方だよ」
妻 「そう?」
ぼく「赤ん坊の頃の裸の写真見たでしょ?足あげてクマ
ガイソウみたいな金玉がのぞいてるやつ」
妻 「クマガイソウ?」
そこでぼくは山と渓谷社版「日本の野草」561ページを開
いて妻に見せたところ、妻、大笑い。これは決して自慢
話などではない。
10月3日(火)苦笑いするだけ?
本日のjogging
6.2キロメートル 36分05秒 (月間累計1日目 6.2キロ
メートル 36分05秒) 瞬間最低体重66.1キログラム
今月になって初めての走り。ポツポツと雨に降られたが
たいしたことはなかった。ここ3回はタイムがほとんど
同じ。このペースならなんの苦もないのだが、果たして
それでいいのだろうか。まあ、楽しいことは楽しいのだ
けれど。
キンモクセイの香りがきのうあたりからぶり返して盛ん
に香りだしている。ぼくは常々思っているのだが、キン
モクセイは9月の末にいったん開花した後、10月の始め
にもう一度開花するのではないのか。このことに関して
書かれた記事を目にすることはないのだが。キンモクセ
イはモクセイ属でオリーブ(オリーブ属)と同じモクセ
イ科である。
帰り道の旧東海道にある果物屋でアケビを見つけたので
思わず買う。ただだらしなく甘いだけでそんなに美味し
いものではないが、この時季つい買ってしまう。山栗の
ように小粒のぷっくりとした栗も並んでいたのでこいつ
も1キロ買う。茹でた栗を食べながら沸かした牛乳を飲
むと秋の気配濃厚になってくるみたい。
帰宅後風呂の後、インドメタシン配合の経皮消炎クリー
ムを塗りながら脚をマッサージ。これが気持ちいい。梨
(豊水)1個、巨峰1房、ルビーグレープフルーツ1個、
鶏ガラだしで塩味のワンタン麺(ワンタン10個、きのう
の鶏ガラだしとワンタンの具が残っていたので)。
たまたま点けたTVで、あざみちゆきという歌手が歌って
いた。
…あの店も今月で閉めるそうです
青春のたまり場も閑古鳥啼き
マスターも苦笑いするだけ…
なんだなんだ、縁起でもない歌。最近昔の店舗が出てく
るTV番組のビデオを見てたら、「昔の店がよかった」の
声多し。わかっているよ。わかっているけどああいう店
はもうや・れ・な・い・の。
昨晩は映画「力道山」。ああゆう映画を作るから日本を
非難する朝鮮人が多いんだ、っていうこと言う奴ら絶対
にいるよ、日本がやったことを棚に上げて。こういうこ
と書くと「自虐的」だって言うんだろ?わかってるよ。
9月30日(土)意味のない人生などない
本日のjogging
6.2キロメートル 35分59秒 (月間累計17日目 141,3キ
ロメートル 893分56秒) 瞬間最低体重66.5キログラム
体脂肪率20.5% 血圧132-88
きのうとほぼ同じタイム。このペースだと全く苦になら
ない。しかし真夏に比べてなんと走りやすい気候になっ
たことよ。帰宅後風呂、グレープフルーツ1個、梨1個、
ヨーグルト(蜂蜜、レモン果汁入り)400グラム、焼た
らこ、キャベツの漬物、かつお味醂のふりかけでご飯、
里芋のおみよつけ。
「純情きらり」の最終回。なんとも切ない最終回。死に
ゆく桜子がわが子に書き残したノートの中の手紙が読ま
れる。「意味のない人生などない。輝きのない人生など
ない」という行に胸を打たれた。映画「わが心のふるさ
と」でウディー・ガスリーが語る言葉と重なる。
高二のむすめの進路をめぐって最近家族で話す時間が多
い。むすめは報道記者志望だが、大学では民俗学・文化
人類学をやりたいのだそうだ(最近判明した)。いいん
じゃないの。ぼくも学生のころはそっちに興味があって、
他学科の授業などをとっていたもんよ。
中尾佐助『栽培植物と農耕の起源』、上山春平『照葉樹
林文化』、色川大吉『柳田國男 常民文化論』、レヴィ
=ストロース『構造・神話・労働』、山口昌男『歴史・祝
祭・神話』を本棚から抜いてむすめの部屋の机の上に置
いておいたのだが、きょうそっくり「返品」されていた。
「いろいろ忙しい」んだって…。
9月29日(金)現実逃避
6.2キロメートル 35分58秒 (月間累計16日目 135.1キ
ロメートル 857分57秒) 瞬間最低体重67.1キログラム
雨などで5日ぶり。体内が活性化された感じで、体臭も
押し出されたか。やっぱり走るのはいい。
でも最近では現実逃避になっているのではないか。妻に
指摘されるまでもなく承知している。
二階のベランダになん年か前に求めたバラが仮植えの小
さな鉢のままで置いてある。屋根の庇が張り出している
ので雨がかからないから毎日(夏場は日に2〜3回)水
をやらなければ枯れてしまう。だがいままで枯らさずに
なんとかしてきた。早く大きな鉢に植えかえてやれば水
やりの手間も軽減するし、バラのためにも良好な環境を
作ることができるのに。同じように本質的な解決を先送
りにして、その場凌ぎできたことのなんと多いことか。
もうそれも限界だな。先ずなにから手を着けようか。「
隗より始めよ」か…。
最近の成城石井のヒット商品
「すずかおり納豆」 山形県酒田市加藤敬太郎商店製。
超小粒でぼく好み。添付のタレって他の納豆のは使わな
いけどこのタレは美味い!
「FLORIDAS NATURAL」 濃縮還元ではないオレンジジュ
ース。トロピカーナのプレミアムより酸味があって上品
でおだやか。ペットボトル入り。
「ルビー・グレープフルーツ」 4個500円だったか。
小粒だが味と香りが凝縮している。スカスカの安売り品
とは雲泥の差。
「ふりかけかつお味醂」 広島県三島食品製。昔懐かし
い「甘い」ふりかけ。ごはん何杯でもいけそう。
9月26日(火)映画「フラガール」
土砂降りの中渋谷アミューズCQNにて映画「フラガール」
を鑑賞した。
いやー、主演格の蒼井優がいい。池脇千鶴といい宮崎あ
おいといい、ダントツにいい最近の若い女優の連鎖が頭
に浮かんだ。彼女らの魅力は若さ故の一時的なものなの
か、それとももっと凄い存在に成長するのか、父親のよ
うな気持ちでこれから見守っていってやろうと思う。
映画は昭和40年頃の常磐炭鉱が舞台。国のエネルギー政
策の転換で見捨てられようとしている常磐炭鉱が、資本
の生き残りと労働者の雇用の確保を目的として巨大娯楽
施設、常磐ハワイアンセンターを立ち上げ、観光の目玉
としてハワイアン(タヒチアン?)ダンスを踊る踊り手
たちと、その指南役の流れダンサーとの交流の物語が描
かれている。実際は資本は確かに生き残れたのだが、炭
鉱労働者の再雇用は満足のいける規模からはほど遠かっ
たようではある。この史実を踏まえておかないと、労使
協調ビジネスが成功したかの印象を与えかねない映画の
作りになっている。この一点だけは押さえておきたい。
それほどに真摯な印象を与える映画であるからなおさら
なのである。
時代設定では十数年の隔たりがあるが、映画「キューポ
ラのある街」に非常に似通った雰囲気がある。しかしと
もに斜陽産業(石炭と金属鋳物)を扱ったという点での
み似ているのではない。どちらも主人公たちに向けられ
る監督たちの眼差しに愛情が溢れているのである。
主人公たちは、社会的弱者であり、黒田三郎=高田渡ふ
うにいえば、「自分の場所からはみ出」ざるを得ない存
在である。そのような彼女らが、決して絶望することな
く、果敢に運命的なものと闘うさまに監督たちは明らか
に共感し、共感しているということを隠さない。そのこ
とにぼくらは感動を覚えるのかもしれない。
ゴーリキーの「母」のペラゲア・ウラソワが、自分の息
子の逮捕から自身の階級意識に目覚めるさまを連想させ
る、冨士純子演じる「母」の次の言葉は心にひびく。
「どうせ働くのなら、穴蔵のなかで真っ黒になりながら
ではなく、明るく楽しく(娘を)働かせてやりたい」
劣悪な労働環境をそのままにし雇用を守り、条件闘争に
終始することだけが労働運動ではなかったのではないの
か。(続く)
9月24日(日)入管前のデモ
本日のjogging
9.0キロメートル 62分20秒(月間累計15日目 128.9キロ
メートル 821分59秒) 瞬間最低体重65.9キログラム
爽やかな秋晴れの一日。こんな日にジョギングしない手
はない。しかし昨晩から今朝にかけて、カンティネッタ
→「宮美」→「ISM」→「富士蕎麦」とフルコースを堪能
したみなさんは、話では盛り上がったにもかかわらず一
人も参加されなかった。きょうもぼく独り。
京浜運河沿いのいつものコース+品川埠頭1周+800メー
トルで合計9キロメートル。品川埠頭では入管前へデモ
をかける団体と遭遇するまで誰一人出会わなかった。そ
れほど閑散としている日曜日の昼間にデモをかけたって
なんの効果もないんじゃないか。デモの届出のときに、
最も影響がないであろう日時を恣意的に指定されたのか
もしれない。「非人間的な入国管理を改めよ」とシュプ
レヒコールを叫ぶデモ隊の数は200人程度か。
ジョギングの体勢のまま「その通りだ!」と叫びながら
デモ隊に合流しようとするぼくの前に警官数名が立ちは
だかったので、勢いあまってその中の一人を押し倒して
しまったら寄ってたかって地面に押し付けられ、公務執
行妨害の現行犯逮捕されてしまい、手錠と腰縄で水上警
察署に連行されてしまった。と、いうのはその時一瞬頭
をよぎった白日夢。
9月23日(土)スタールイ・トビリシ!
本日のjogging
11.2キロメートル 70分58秒(月間累計14日目 119.9キ
ロメートル 759分39秒) 瞬間最低体重66.8キログラム
涼しくて爽快なジョギング日和。ただし北風がやや強く、
往路が向かい風。きのうみなさんに告知したかいなく、
きょうもぼく一人だった。京浜運河沿いのいつものコー
ス+品川埠頭1周+3キロ。
帰りに久しぶりに大井競馬場のフリーマーケットをひや
かすが取り立ててなにもなかった。
競馬場の前に街路樹として植えられたキンモクセイがバ
ッサリと剪定していた。なにも花が咲き始めたこの時期
に剪定することはないと思う。キンモクセイだけに限ら
ず街路・公園の樹木の剪定は時期・方法ともにとんちん
かんなことが多い。木に対する愛情が全く欠けていると
しか思えない。
大井町の成城石井ではいま酒類の催事免許でワインを売
っている。見かけないローヌのワインがあったので買っ
てみて試した。
'05 Cotes du Rhone \1390
'04 Cotes du Rhone Villages Visan \2090
で、どうだったかというと、……………。やはりカンテ
ィネッタはローヌだな(ローヌはカンティネッタだな)。
おっと、グルジアの赤ワイン、スタールイ・トビリシ再
入荷!ワインとは本来こういう素朴なものだったのにな
あ…というノスタルジーに近いものを感じさせるワイン
だ。カンティネッタでは「グラスで」なんてケチなこと
言わずに、ぜひ1本とってワイワイと楽しみながら飲ん
でいただきたいものである。1本2940円(税込)で飲め
るよ。
先日は早稲田大学の大学院で17世紀の御伽草子を研究し
ているDavidというアメリカ人が来店した。ドイツ語が堪
能だというので、ブレヒトの"Festlieder der Kinder"
(Anmut sparet nicht noch Muehe)を訳してもらった。
ポイントは"Und nicht ueber und nicht unter andern
Voelkern woll'n wir sein"の行だった。旧西ドイツそ
して現在のドイツ国歌「世界に冠たるドイツ」に対する
アンチテーゼとしての「他の国の人たちの上でもなく下
でもなくありたい」という意味だったのだ。やっぱりブ
レヒトだ。単純な愛国心を鼓舞する詩ではやはりなかっ
た。この点を逃さず訳すにはどうすればよいだろうか。
あと少しのような気がしてきた。Davidありがとう。
高田渡と高田漣の「27/03/03」というライヴのCDは、高
田渡の晩年の最高傑作にまちがいない。2003年3月27日
といえば、まさに映画「タカダワタル的」の撮影中で、
前夜の京都でのライヴからトンボ返りのようにして東京
のNHKのスタジオでこのCDは収録された。力強いギター
のピッキングと声量十分な歌声、曲間の喋りものりにの
って、この日の高田渡は非の打ち所のないほどタカダワ
タル的だった。こんなにも素晴らしい時の映像を収めら
れず、ボロボロの高田渡ばかり並べたてた映画「タカダ
ワタル的」はなんとも残念だ。タナダユキ監督には荷が
重過ぎたのだな、きっと。
9月21日(木)キンモクセイ+彼岸花
本日のjogging
10.2キロメートル 65分05秒(月間累計13日目 108.7キ
ロメートル 688分41秒) 瞬間最低体重66.2キログラム
キンモクセイが香っていた(昨日から)。彼岸花が咲い
ていた(16日から)。秋になるお膳立てがすっかり整
った感じである。
昨日は彼岸の入りで天竜寺に墓参りに行った。掃除をし、
墓石を洗い、花を手向け、線香をあげた。そうやってか
ら先祖に祈ったのは、安倍政権の成立で加速されるであ
ろう日本のファシズム化を阻止する運動体の組織化であ
った。
また「改革」かよ。改革でないことを「改革」だと言い
くるめる例の手を当選早々出してきたな、安倍。こりゃ
小泉より早いか。「教育改革」だと?お前がやろうとし
ていることは教育破壊だよ。
もとより、ぼくは安倍の出自をなじるつもりもなければ、
企んでいる悪事が安倍個人の利益のためだなどと思って
もいない。安倍を看板に押し出している連中、おそらく
は巨大化した銀行資本、軍需産業、強権化し続ける警察
権力、国家権力と結託した巨大コングロマリット、権力
には決して噛みつかないマスコミなどの意識産業、マッ
チポンプ的にヴァーチャルな欲望を生産し続ける産業、
個人情報に群がる情報産業、カネでカネを生み出してい
る拝金主義の株屋と企業買収屋、巨大化した宗教法人、
自衛隊、靖国神社をこそ叩き潰さなくてはならないのだ。
本当の敵はやつらなのだ。
誤解しないでいただきたいのだが、いま並べ立てた組織
に勤めている労働者が敵なのだと主張しているのではな
い。かれらには階級意識に目覚め革命の主体を担うこと
を希望するだけだ。自分が結果として加担していること
になることが、国内的・国際的にどのような階級を肥え
太らせ、どのような人々を搾取・収奪しているのかを考
えることから始めていただきたい。
9月19日(火)ラルフ・ローレンの女の子
本日のjogging
8.2キロメートル 49分05秒(月間累計12日目 98.5キロ
メートル 623分36秒) 瞬間最低体重は計れず。
妻に郵送されてきたラルフ・ローレンのDMのモデルの女
の子がかわいい。素肌にザックリとしたポンチョのよう
なカーディガンを羽織って超ローライズのパッチワーク
のパンツを穿いている。西部劇の流れ者のようなつば広
の帽子を目深にかぶって、耳には鳥の羽のイアリング。
ため息が出るほどかわいい。
9月17日(日)黒テントの「トスカ」
日本語と朝鮮語とイタリア語のベルカントが交錯するス
リリングな舞台だった。5人のトスカがそれぞれにのび
のびと演じていて気持ちがよかった。結構エロチックな
印象があった。次は10月4日の「ど」だな。
9月16日(土)クズの花の香り発見
本日のjogging
14.1キロメートル 89分10秒(月間累計11日目 90.3キロ
メートル 574分31秒) 瞬間最低体重は計れず。
レインボーブリッジでお台場に渡ってから人工浜沿いに
品川区の部分まで行って戻って(4.2キロメートル)最
後は芝浦まで。浜辺のウッドデッキに腰掛けるアベック
が何組もずらりと並ぶ後ろを走った。女性たちのローラ
イズとやらのジーパンの後ろからはお尻の割れ目まで見
えそうだった。もちろんパンツは丸出し。なんか不潔。
帰り道にクズの花が咲いているのを発見。暗赤紫色のマ
メ科特有の花は近づくととてもいい香りがした。ブドウ
の実のような香りで、オシロイバナのような香りにも似
ている。運河沿いの植え込みの脇を走っていると、一瞬
いい香りに気づくことがある。おそらくクズの花の香り
だろう。
ワイン・インポーターの大和くんがカノジョを連れてき
た。ドイツ語のできる知的な女性で、ぼくと同じ大学出
身であることが判明した。
9月15日(金)グリコーゲンタップリで
本日のjogging
6.2キロメートル 33分40秒(月間累計10日目 76.2キロ
メートル 485分21秒) 瞬間最低体重66.8キログラム
時速約11キロ。速めのペースだった。
9月12日(火)Когда же придёт настоящий
день?
黒海きょうも勝った!白露山も露鵬も把瑠都も琴欧州も
安馬も勝った!気分いいね。問題はいつ黒人の力士が土
俵に登るかだな。楽しみだ。Когда же придёт
настоящий день?「その日はいつ来るか?」
ドブロリューボフ、なんちゃって。
9時半にフラの先生が帰られて貸しスタジオの長い一日
は終る。久しぶりに大森の「七厘」といこうかな。エッ
ジの立ったレバ生、ジュンサイのような細さの湯びきし
ていない完全生のコブクロ、表面がきつね色に炙られた
トン足、肉厚の貝柱のようなミノ、感動的なハラミたち
が呼んでいる。
9月11日(月)黒海勝った!
本日のjogging
6.2キロメートル 35分40秒(月間累計9日目 70.0キロメ
ートル 451分41秒)瞬間最低体重65.5キログラム
いつものコースにもどって淡々と。いつ雨が降りだして
もおかしくない雲行きの時に出発した。ずぶぬれ覚悟で。
でも降らなんだ。知った顔とすれ違うと頑張ろうと思え
る。
黒海勝った!今日は白露山、露鵬、把瑠都、琴欧州、安
馬と好きな力士がみな勝ったので気持ちがいいわい。み
な外人。それにしても千代大海の相撲は乱暴できらいだ。
観ていて気持ちがささくれ立ってくる。朝青龍も強引だ
が乱暴ではない。
9月10日(日)砧公園を走る
本日のjogging
6.6キロメートル 39分17秒(月間累計8日目 63.8キロメ
ートル416分01秒)瞬間最低体重計れず。
久しぶりの砧公園。4周。暑かった。気分が変わってい
い感じだった。帰りは言わずと知れた千歳船橋「仙味洞」
で常夜うどん。ええい、汗のかきついでだ。大汗かいて
平らげた。爽快。美味いんだな、これが。かき玉で鶏肉
が入っていて山椒がふられているだけのシンプルなうど
んなのだ。夏でも食べたい。
車の運転中にかけていたFMからは先日亡くなったシュ
ヴァルツコップフの歌声が流れていた。なんて可愛らし
い声だったのだろう。
黒海負けやがって。でも相手が朝青龍だからね。この後
は全部勝ってね。
9月9日(土)「公正な社会、ともに生きる国へ」
本日のjogging
8.2キロメートル 58分52秒(月間累計7日目 57.2キロメ
ートル 375分44秒 )瞬間最低体重65.6キログラム
「わたしはこの戦争を許さないことに決めたのです。弟
を奮い立たせ(けしかけ?)戦争に追いやった人たちも
許しません。そしてこの戦争を止めさせることができな
かったわたしたちも許しません」
今朝のNHK「純情きらり」の中で弟を戦死させた姉が言う
台詞。素晴らしい言葉ではないか。その通りだ。NHKよ、
よく言わせた。この件については安倍が事前に横やりを
入れなかったの?
素晴らしいといえば、「公正な社会、ともに生きる国へ」
という民主党のスローガンも素晴らしい。街中で見かけ
て一瞬目を疑った。共産党のスローガン以上に社会主義
的な理想を表現したスローガンだからである。民主党が
独自性を打ち出そうとするならば、おそらくこうならざ
るを得ないだろう。当然の帰結だといえよう。それほど
この国の政権はファシズム化しているということだ。
9月8日(金)雨が降ったら1割引きね
雨が降ったらカンティネッタ1割引です(9月10日まで)。
みなさんいらしてね(雨が降らなくても)。
というわけで、というわけでもないが、新しいワインの
荷受けもあるし、雨降りそうだし、膝を休めてやりたい
ので、今日はジョギング休むとしよう。
きのう「ブーベの恋人」を観ていて発見した。上野さん
はブーベの恋人マーラ役のクラウディア・カルディナー
レによく似ている!髪形からスタイルから着るものの雰
囲気まで。ためいき。
もう一つの発見はほかのイタリア映画との類似点。
1、「ブーベの恋人」でも「マレーナ」でも連合軍(=
アメリカ軍)はグレン・ミラー楽団ふうの「イン・ザ・
ムード」とともにやって来る。
2、「ブーベの恋人」でも「イル・ポスティーノ」でも
主人公は共産党員である。
3、自転車は部屋の中まで持ち込む。
まあ、こんなことはどうだっていいことだが、「ブーベ
の恋人」は悲しい映画だ。街中でマーラがブーベにハイ
ヒールを買ってもらったり、バールでベルモットを飲ん
だり、トラットリアで食事をしたりする時のマーラの無
邪気なはしゃぎぶりがかえって哀れを誘う。ためいきが
出ちゃうな。
きのうはロシア人のナターシャさんがご来店になった。
在日数年で日本語は映画の字幕まで読んでしまえるほど
達者、会話だったらまるでネイティヴ。ただし目の前に
いるのは金髪・碧眼・色白・鼻高のおよそ日本人とは似
ても似つかない神々しいまでのスラブ系美女なのだが。
シャラポワと日本語で話しているさまを想像していただ
きたい。ああ、とにかくため息が出てしまうほどの美人
なのだ。街中で見かけたら絶対に見とれる。
ナターシャさんが中学まではソ連時代。教科書にはオス
トロフスキーの「鋼鉄はいかに鍛えられたか」とゴーリ
キーの「母」が載っていたそうだ。ぼくは翻訳で読んで
いて、書斎から古い岩波文庫を取ってきて彼女に見せた。
ゴンチャロフの「オブローモフ」、チェルヌイシェフス
キーの「何をなすべきか」、ショーロホフの「静かなド
ン」、ツルゲーネフ、プーシキン、マヤコフスキーと矢
継ぎ早に彼女の口から出てくる懐かしい作品・作家群に
ことごとく反応してしまった。みんな読んでいて(もち
ろん翻訳で)よかった。彼女もビックリしていた。そし
てとっておきの話し。彼女のお父さんはヴィソツキーの
友だちで、家族全員ヴィソツキーのファンだったんだそ
うだ。こんどはぼくがビックリ。
「ISM」の吉田くんのむすめさんの名前、光凛(ヒカリ)
ちゃんに決定。
9月7日(木)のジョギング
本日のjogging
6.2キロメートル 36分35秒(月間累計6日目 49.0キロメ
ートル 316分52秒 瞬間最低体重65.8キログラム
雨が降る降るといわれていて降らないうちにと思って走
ったのだけれど、全く雨の降る気配なし。日差しもあっ
たし湿度が高い。湿度の高い日は汗の具合でよくわかる。
半袖のシャツから出ている肘から先の部分が汗で濡れ、
腕の振りに合わせてピュッピュッと汗の滴が前方に水芸
ろしく飛び散るのだ。
さっきなにげなく夕刊を見ていたらシャネルのサブリマ
ージュという化粧品のクリームの広告に目が止まった。
50グラムで36750円! これ本当?
9月6日(水)嘘つくな
本日のjogging
8.2キロメートル 53分58秒(月間累計5日目 42.8キロメ
ートル 280分17秒 瞬間最低体重66.2キログラム
あやうく忘れるところだったよ。いまにも降りだしそう
な雲行きだったけど走った。きょうは身体が軽くてね。
つい品川埠頭も1周しちゃった。きのうのアイシングが
効いたのかな。走り終えたらポツポツきだした。
見たこと(わかったこと)を見なかった(知らなかった)
と言い張るのは明らかな嘘だ。皇室典範の改正問題まで
取りざたされていたのに、ある時点からぴたっと問題に
ならなくなったことをとっても、胎児の性別はある時点
で明らかになっていたと考えて当然無理ないだろう。
「朝日新聞」の今日の夕刊には「この日 この命に感謝
待ちわびた この産声」と見出しにあった。しかしぼ
くは感謝もしなければ待ちわびてもいなかったのだが、
なにか変だろうか?ぼくにとっては、そんな会ったこと
もなければ話をしたこともない人たちの赤ん坊にはなん
の感情も抱くことができない。先日生まれた近所のバー
「ISM」の吉田くんの赤ちゃんには親近感を覚えるが。
主治医のインタビューが載っていたが、両殿下が胎児の
性別を事前に知りたくないと言うので調べなかったのだ
そうだ。しかしこれは到底信じられない。嘘に決まって
いる。こんな大嘘つかれて「はいそうですか」と信じる
国民ってなんておめでたいんだろう。たかが胎児の性別
でこうなんだよ。もっともっと大きな嘘つかれている(
これからもつかれる)ってことだよね。妊婦の診察をし
ておいて「お小陰唇は拝見イタシマセンデシタ」はない
でしょ?帝王切開の手術をしておいて「お陰毛はお剃リ
イタシマセンデシタ」もないよな。だから「胎児の性別
はお調べイタシマセンデシタ」も当然ナイナイ。
http://www.asahi.com/culture/music/TKY200609030080.html
もう一つ。この記事がとても引っかかる。「朝日新聞」
9月3日の夕刊の記事だ。
「芸術家が大衆への奉仕を強いられた共産党共産党政権
のもとで繰り出された、カタルシスたっぷりの”ショス
タコ節”が満載だ」ってなによ。資本主義社会では芸術
家は何者にも奉仕を強いられないとでも言いたいのだろ
うか?とんでもない!資本に奉仕を強いられているくせ
に。共産主義を理想として掲げたソ連へのイマジネーシ
ョンのかけらもない、なんと紋切り型で陳腐で旧式の評
価をするんだね、吉田純子とやら。これじゃあまるで、
「共産主義は間違っている」と書かれた黒板を駅前に立
ててヒステリックにガナり立てていた一昔前の勝共連合
=統一教会と同じじゃないか。それに、ロシア・アヴァ
ンギャルドの芸術運動から出発したショスタコービチが
カタルシスを肯定的に使うわけがないじゃないか、えっ
?明らかで恣意的な事実誤認以外のなにものでもない。
「心の自由は誰にも侵されない」だって?冗談言っちゃ
いけないぜ。こんなことを言ってるやつは、現実での闘
いをとっくに放棄しているくせに女々しく負け惜しみを
言い続ける転向者にほかならないってことだ。こういう
のを「内的亡命」って言うんだよ。ただ単に権力への反
逆のためにユーモアと風刺を利用しただけのチンケなヤ
ツだとは思えなのだけどな、ショスタコービチは。
そういえば昔、エイゼンシテインの「メキシコ万歳」が
公開された時に「朝日新聞」に書いた吉田喜重の文章も
陳腐だったな。スターリンによって頓挫させられたロシ
ア・アヴァンギャルド運動みたいなことを書いていた。
しかし皮肉なことにロシア・アヴァンギャルド運動自体
はスターリンがいなければ成り立たなかったのだという
歴史的事実を誤認している。スターリンを悪者に仕立て
ておけば、進歩派の知識人としての地位が保全されてい
ると考えるのは陳腐の極みだ。
9月5日(火)秋めいて
本日のjogging
6.2キロメートル 38分57秒(月間累計4日目 34.6キロメ
ートル 226分19秒 瞬間最低体重65.6キログラム
午後遅めの時間に出発。日差しも風も秋めいていた。い
つもの京浜運河沿いのコースだが短く感じられた。「え
っ、もう終わりなの?」って感じ。こういう感覚はほん
の時たまある。
おふくろを風呂に入れた。
9月4日(月)夢
本日のjogging
6.2キロメートル 38分37秒(月間累計3日目 28.4キロメ
ートル 187分22秒 瞬間最低体重は測定せず。
いつもの京浜運河沿いのコースをゆっくりと、確認する
ようなペースで。3日連続だったので身体は若干重かっ
たがいい感じで走りとおせた。やっぱり充実感が違うな。
走っていてすれ違う顔馴染みのランナーたちとは、自然
と挨拶を交わすようになるものだ。だのにいまだに挨拶
しても返してこない人もいる。こういう人はだいたい3
種類に分けられる。こっちが全く目に入らないかのよう
に無視を貫く人。苦しそうに顔を歪ませて「いま取り込
み中だからそんな余裕ないの」って感じを発散させてい
る人。そして、じっとこちらの顔を凝視したまますれ違
う人。3番目の「凝視派」は子供と年寄りとオバサンに
多い。よっぽど面白い顔をしているのだろうよ、ぼくは。
街中でも電車の中でもこういうぶしつけであからさまな
視線に出会うとちょっとムッとする。どうしてムッとす
るのかわからないが、電車の中で携帯電話で通話してい
る人に抱く感情に近いものがあるのかもしれないと、常
々思っている。
今日の朝食はジョギング後に、珍しくハムのサンドイッ
チ(上野毛のアンクル・サムズ風)と巨峰とナシとコー
ヒー。このコーヒーというのがぼくにしてみると極めて
珍しい。香炉庵の深煎りコンチネンタルというブレンド。
香ばしいのに焦げっぽくない「寸止め」の極意だ。コー
ヒーが美味しく感じられる季節になったのだあ。
そうだ今朝方の夢の話を書かなくては。
わが家の近所の空き地に工場のような大きな建物がいつ
の間にか建っていた。ぼくは死んだ父親と様子を見に行
く。すると貧相な女性たちが出てきて手にしている牛乳
を飲むように奨めてくる。「この牛乳を飲むとなんでも
願いが叶うんですよ」と口々に奨めてくる。飲もうとす
る父を制して、ぼくは咄嗟に、「本当に願いが叶うんじ
ゃなくて、叶ったように思い込ませる薬だな」と叫ぶ。
すると図星だったらしく、女たちの顔の表情が変わるの
をぼくは見逃さなかった。確かに女たちは強引なのだが、
どこかゾンビのように動きが緩慢なので、ぼくと父親は
簡単にその場を離れることができた。家に帰ってからも
女たちの勧誘は執拗に続く。窓や玄関から侵入しようと
する女たちはぼくの攻撃で容易く動かなくなるのだが、
なにせ数が多い。ぼくはいつ果てるとも知れぬ勧誘攻撃
にうんざりしている。そうこうしているうちにテレビの
下を見ると、大きなバットに牛乳が張られていて、その
牛乳が新聞に変化していくではないか。ぼくは情報操作
については全てにおいてこの牛乳が関連しているのだと
いうことを直感する。近所に建ったあの工場の牛乳が元
凶だったのかと悟った。でもこの事実を他の人たちは知
らない。どうやって明らかにしていけばよいのか方法が
わからない、というTVドラマ「インベーダー」のよう
なイヤな夢だった。
夕方買い物に行くときジョギングスタイルの大谷くんに
遭遇した。かれには去年赤ちゃんが生まれて、今年の4
月に家族3人で花見をしているときに、ジョギング中の
ぼくが遭遇している。その後程なくしてジョギング中の
かれに遭遇した。「安藤さんのまねをして走り出したん
ですよ」と言っていた。続いていたんだ。ちょっと嬉し
かった。
昨日のこと。
むすめの通う高校の学園祭に行ってきた。全てのクラス
が芝居を打って競う伝統の学園祭なのだ。むすめのクラ
スは「美女と野獣」。著作権でもめたこともあったがデ
ィズニーはあっさりと上演を認めた。太っ腹なのか?ち
なみに三谷幸喜(コーキってこれでよかったっけ?)は
一切だめだったそうだ(つまり上演を認めなかったとい
うこと)。了見が狭いのだろうか?でもね、一番問題に
思ったのは、生徒たちがこんな商業主義的な演目ばかり
を選びたがっているということなのではないかなあ。自
慢じゃないが(って自慢なんだけど)ぼくの高校時代は
「シラノ・ド・ベルジュラック」と尾崎士朗の「人生劇
場」をクラスでやったぞ。ぼくの脚本と演出で。
むすめたちよ、オリジナルだっていいんだぞ!
9月3日(日)立会川暗渠コース
本日のjogging
6.0キロメートル 40分00秒(月間累計2日目 22.2キロメ
ートル 148分45秒 瞬間最低体重は測定せず。
気分を変えて全く新しいコースを開拓してみた。わが家
のある大井三又から西大井方面へ。駅を過ぎて立会川を
暗渠にした道路を第二京浜へ。そのまま渡り緑道を荏原
町の商店街まで行くと片道ちょうど2500メートル(google
マップで確認)。帰り道は滝王子・原町辺りでちょっと
ふくらませてのトータル6キロメートル。日曜日だった
のでそれほどでもなかったが、信号機と車・自転車の多
さが平日ではちょっとストレスになるかな…。それでも、
爽やかな秋風を感じた晴天の日曜日だった。
9月2日(土)不安?
本日のjogging
16.2キロメートル 108分45秒(月間累計1日目 16.2キロ
メートル 108分45秒 瞬間最低体重は測定せず。
季節は確実に移っている。風が爽やかだ。レインボーブ
リッジを渡り最長のコースを走るが最後の2キロは歩い
てしまった。最近は根性がなくなってきたのか、身体が
いうことをきかなくなってきたのか、最後まで走りきれ
ないことが多い。このままではもうこれ以上の距離を走
れなくなるのではないかという不安が膨らんできている。
ちょっといやな気分だ。せっかくいい季節になってきた
というのに。
9月1日(金)雨降りだからジョギングの記録でもま
とめてみよう
いままでのジョギングを振り返ってみた。
各々の数字は左から月間の走行距離、走行回数、1回あ
たりの平均走行距離、月間走行時間、平均時速、月末の
参考体重。
2005年
3月 20.0km(4回で) @5.0km
4月 20.0km(4回で) @5.0km
5月 25.0km(5回で) @5.0km
6月 55.0km(9回で) @6.11km 74.8kg
7月 42.5km(6回で) @7.08km 72.5kg
8月 25.0km(5回で) @5.0km
9月 骨折のため走れず 76.5kg
10月 84.0km(13回で)@6.46km 71.5kg
11月 159.0km(21回で)@7.57km 1254分間 7.61km/h 69.8kg
12月 117.5km(15回で)@7.83km 875分間 8.06km/h 69.0kg
2006年
1月 107.0km(11回で)@9.73km 705分間 9.11km/h 69.3kg
2月 150.0km(15回で)@10.00km 979分間 9.19km/h 67.4kg
3月 190.0km(17回で)@11.18km 1173分間 9.72km/h 66.9kg
4月 224.0km(19回で)@11.79km 1347分間 9.98km/h 64.9kg
5月 132.4km(11回で)@12.04km 767分間 10.36km/h 65.1kg
6月 147.7km(14回で)@10.55km 833分間 10.64km/h 65.5kg
7月 110.6km(16回で)@6.88km 710分間 9.35km/h 65.5kg
8月 135.7km(17回で)@7.98km 876分間 9.29km/h 64.9kg
こんな表を作ってひとり悦に入る雨降りの日。
8月31日(木)135.7キロメートルか
本日のjogging
14.7キロメートル 94分27秒(月間累計17日目 135.7キロ
メートル 876分32秒 瞬間最低体重64.9キログラム
暑いのだけれど風は爽やか。レインボーブリッジ往復し
た。今月は135.7キロメートルか。暑いさなかのジョギ
ング、しかもケガもあってだからまあまあかな。もう少
し涼しくなってきたらもっと距離を延ばすとしよう。
断言しよう。あと一月後には確実にキンモクセイが咲い
ている。
8月29日(火)劣情ギラリ?
本日のjogging
8.2キロメートル 57分31秒(月間累計16日目 121.0キロ
メートル 782分05秒 瞬間最低体重65.7キログラム
このところ野暮用だったりで5日ぶりのジョギング。し
たがって筋肉中にはグリコーゲンがたっぷり。スローペ
ースながら調子よく走ることができた。
5日ぶりで、しかも昨日(ではなく今朝)就寝前に禁断
の富士蕎麦のカツ丼を食べてしまったにもかかわらず、
この体重なら文句ないか。
帰ってからゆっくり入浴。インドメタシンのクリームで
足を養生(プロアリシンEXって安いのにいいんじゃない
の)。その後桃の丸かじり(水中で産毛をこそいで皮ご
と)。ジューシーな巨峰(今シーズンで一番!)を1房
たいらげ、マンゴー・イチゴ・ブルーベリー・ラズベリ
ーの冷凍果のミンチ+ヨーグルト+蜂蜜+レモン汁をど
んぶり一杯食べる。水分補給は相良やぶきたの煎茶で。
昨晩の営業時より店のエアコンの調子がおかしい。今朝
ドレーン排水ポンプの不良と判明。修理、室内機のオー
バーホールと合わせて月の売り上げの数パーセントが飛
んでいった。しかし臭いも消え快適、音も静か。明日ぜ
ひ覗いてみてね。
午前11時ごろ、バー「ISM」の吉田くんからメールあり。
女児誕生とのこと。めでたい。お祝いに駆けつけたいと
ころだが、ひょっとして今日は臨時休業かもしれない。
命名はミールちゃんをぼくは推す。そのまま芸能界デビ
ューも可能な名前だと思うのだが。もとより親でもない
がね。
NHKの「純情きらり」の最近の展開はというと、義兄の
東吾と桜子との中が急接近してきて、これはこれでどっ
きりなのだけれど、これじゃあ「劣情ギラリ」になって
しまうのではないか。しかしこの線で突っ走れるのなら
突っ走ってみろよ、NHK! ほめてやるよ。だけどそうな
んないんだろうな、結局。思わせぶりなところだけ民放
化しちゃってイヤらしいね。しかし思わせぶりも貫徹で
きず、「ステラ」なる雑誌の予告で肝心要のストーリー
をあっさり知らせちゃったりしているんだから。つまり
達彦は帰ってくるのさ。なんだか興味失せちゃった。
最近ブレヒトの「花園」という詩がいいなと思う。"The
Hanns Eisler Story" の中で廃虚と化した瓦礫をバック
にロビン・アーチャーが歌うのがいい。本当にいいと思
う。
湖畔、樅とポプラのあいだ深くに
垣と生垣に保護されて庭がある
賢明に月々の花をそなえて
三月から十月まで花が咲く。
ここに朝、あまりしばしばではなく座して
ぼくはのぞむ、ぼくもまたいつでも
さまざまな、良いまた悪い天候のなかで
ここちよいあれこれのものを示せたならと。
"die blumengarten"
『ブッコウの哀歌』というタイトルでまとめられたブレ
ヒト最後の詩集の中の一編。ブッコウとはベルリン郊外
の地名だそうで、ブレヒトの別荘がそこにあったらしい。
1953年の成立を考えると、当然反ソ暴動が詩作の下敷き
にあり、「花園」とは西ベルリンのアレゴリーだとわか
る。
「ぼくはのぞむ、ぼくもまたいつでも さまざまな、良
いまた悪い天候のなかで ここちよいあれこれのものを
示せたならと」というくだりはブレヒトならではである
し、訳者の野村修ならではでもあると思う。この詩につ
けたアイスラーのメロディーがまたいいのだ。
8月27日(日)安藤について
神楽坂と大森にワインを配達。その後で車を置いてから
赤坂「B♭」で平岩佐和子さん(Vo)と荻野清子さん(Pf
) の「三文オペラ」全曲演奏を聴く。日曜日の閑散とし
た赤坂を赤坂見附まで歩いて腹ごしらえして帰宅、そし
てカンティネッタ開店。
久しぶりに都心を車で走ったのだが内堀通りって日曜日
は通行できないの?これって浦島太郎的?天下の往来の
通行規制ってなんかファシズム的。一瞬827事件(8月27
日だったから)でも勃発したのかと思った。
大井町駅13時ジャストの京浜東北線に乗って赤坂へ。ネ
ットで検索した限りでは13時28分に到着の予定だったが、
新橋で国電降りてから地下鉄の駅まで走り、溜池山王駅
から議事堂前駅までを走ったら5分以上早く着いた。お
かげで13時半の開演までに汗が引いて快適だった。走っ
てみるものだと思った。そういえば最近生活のうえでも
よく走っている。身体が軽くて全く苦にならない。ジョ
ギングの効能だろうよ。
平岩さんのベルカントは、そう、声色ベルカントとでも
言ったらいいのか、変幻自在で、いわゆるオペラのあの
うんざりさせられる感じがない。腹のそこから出てくる
よく通る声は体育会的な爽快感を伴う。荻野さんは音楽
以外でも感心するほどの芸達者。黒テントの「ピランデ
ッロ」では立派に役者やっていた。舞台映えするしコケ
ットな表情とあのアニメ声(?)がたまらない。すっかり
好きになってしまった。演奏は通り一遍ではなく、いた
るところに新しいアイデアが散りばめられていて、楽し
い。全く危な気がない。プロフェッショナルの仕事とは
こういうものを言うのだと思った。
和知さん、安藤さんと一緒だった。この安藤さんはもち
ろんぼくではない。同姓だが同性ではない安藤さん。
安藤ついでにもうひとつ。日本共産党の品川区議候補の
安藤たい作ももちろんのことぼくではない。混同してい
る(またはこれから混同する)同級生・ご近所さん多い
だろうなあ。言っときますがね、ぼくは共産主義者です
が日本共産党の党員ではないの、全然、全くそうじゃな
いの。
8月26日(土)完治!
上野毛の斎藤先生のところでダメ押しの鍼+お灸。左足
の腸けい靱帯炎(ランナーズ・ニー)完治したと告げら
れた。
「アンクルサムズ・サンドウイッチ」でグリルド・チキ
ンのサンドウイッチ+ビール。甲斐甲斐しく立ち働くア
ルバイトらしい女のこの笑顔がいい。長い足にブルージ
ーンを履いて、白いシャツの胸元ははだけ気味、トルコ
石をチェーン状に連ねたイヤリングが揺れていた。嘆息。
最近美しい女性がさらに美しく見えてしかたがない。こ
れはこれで結構くたびれるのだ。
蒲田のTSUTAYAへ「マレーナ」の返却と「ライフ・イズ・
ビューティフル」他を借りに行くもなし。「男たちのYA
MATO」や「亡国のイージス」なんてのは30枚以上あるの
に。もちろんアンゲロプーロスのものなんてあるはずが
ない。おまけにみょうちくりんなジャンル分けで探しに
くさ甚だしい。(その後再度探したらあった。ビデオも
合わせて10枚も。こうなりゃこうでイヤらしい)
大森のTSUTAYAへも足を伸ばすが1枚だけあったものは
レンタル中だった。がっかりというよりなんだか腹立た
しい。「ライフ・イズ・ビューティフル」、amazonでた
った今注文だしてやった。
山王の商店街を歩いていて「旭光堂眼鏡店」を発見。お
そらく全てがデッド・ストック。いいセルフレームがあ
った。何点かかけさせてもらった。どうも今の横長の細
めのメガネは性に合わない。いまかけているメガネがお
シャカになったらデッド・ストックを探そうか。
8月25日(金)美しいひとの涙
今朝起きて無性にお茶漬けが食べたく、明太子と山椒ち
りめんたっぷりのお茶漬けにした。お茶は当然深蒸し。
美味い!
昨晩「マレーナ」と「イル・ポスティーノ」を観る。前
者のリンチのシーンと、後者のネルーダとマリオの別離
のシーンで、Uさんの大きな目から大粒の涙が。目の当
たりにして当惑するも目が釘付けになる。涙の訳は問う
まい。美しいひとの涙にただただ感動した。
その後「宮美」「ISM」。Uさんを独占状態でフランク
に語り合った。店を出たら朝。コインランドリーのガラ
スに二人並んで姿を映してみた。
8月24日(木)テロだろ!
本日のjogging
6.2キロメートル 37分30秒(月間累計15日目 112.8キロ
メートル 724分34秒 瞬間最低体重65.4キログラム
競馬場前のコンビニでサントリーの白桃サワー買って帰
り道に飲む。どうしても甘さを欲している。実は500ミ
リ缶を買いたかったのだが、そいつは201円、ぼくの持
ち合わせが200円。泣く泣く諦め360ミリ缶にした。
昨晩は一挙に14人のお客さま。IBM の労働組合の方たち
だった。ビィデオ「ソリダリティー・ソング」ガンガン
かけた。闘う労働者のたまり場になったみたいで嬉しか
った。
加藤紘