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YORIKOのレッスン日記

5月6日(日) きょうで連休もおしまい。この一週間は道路を行き交う車の量も少なく、どこか閑散とし た様子の街も、明日からまたいつものように戻ることでしょう。ふり返ると、この連休の 間、わたしは一歩も外へ出かけなかったような気がします。いえ、もちろん、ここにも記 したように、一昨日は大森まで出かけたし、タマオとケムリのトイレ用の砂を購入するた めに、大井町駅までは行ったのですが……そんなものなのです。特に混雑している行楽地 に出向こうとは思わないまでも、なぜこんなに「ひきこもって(!?)」しまったのか。以前 にひいた風邪が完全に治った! という実感がなかったせいかもしれません。レッスンに加 えてリハーサルと、レオタードを着ている日が続いたからなのかもしれません。明日から また忙しい日々が続きそうです。でも、合間をみてどこかへ出かけよう……そんなことを 考えながら、先日、石井で買った野蕗を煮ました。 5月5日(土) きょうは端午の節句、こどもの日で祝日です。本来ならば、レッスンはお休みなのですが、 今月ある「ダンス・カナガワ・フェスティバル」のための照明下見などのために土曜日が つぶれてしまうために、きょうは平常通りにやることにさせていただきました。連休中で もあり、みんなお出かけしてしまうかなあ…と思っていたのですが、半数くらいの出席で した。出かけた先から駆けつけてくれたり、おばあちゃんの家から一度帰ってレッスンに 来たり…と、お父さん、お母さん方もご苦労さまでした。きょうも初夏のような陽気、小 学生クラスもバーにタオルをかけて、汗をふきふきのレッスンでした。幼児クラスではみ んな汗をかいたことが誇らしげで、じめっと濡れたおでこをしきりにわたしに示していま す。ひとりひとりしっかりさわって「汗を確認」しました。 日がかげって「シティ・オブ・ヨーク」の白い花の布のような花びらが可憐に揺れていま す。きょうまた三輪開いたため、全部で七つの花が咲いたのです。思わず重いサッシの引 き戸を開けて香りを嗅いでしまいました。 5月4日(金) 時折風が強く吹くのですが、とっても気持ちのよい「五月晴れ」でした。夫とむすめと3 人で大森の「BACCO」へ行きました。大森まで裏道を縫うようにして歩いて行きまし た。陽射しも強く、傘をさしていても汗ばむほどです。いろいろな家の庭先、軒先を通り、 多くの家のバラ、ハゴロモジャスミン、スズランなどがきれいに花を咲かせているのを見 ることができました。うちに帰ると(帰りも歩きでした)ベランダの真っ白の八重のバラ、 「シティ・オブ・ヨーク」が四つ、花開かせているではありませんか! そうそう、昨日 蕾が膨らんできたなあ…と思ったのでした。香りのよいこのバラは、聞くところによると、 1945年にベルリンにて作出されたそうです。戦争が終結したその年に、こんな可憐な花が 育種されていたとはなんとも驚くべきことですね。
5月2日(水) 5月25日(金)に行われる「ダンス・カナガワ・フェスティバル」に昨年、イイノホー ルで踊った「わたしたちに与えられた時間」を出品することになり、いまリハーサルを重 ねています。中高生たちまで全員が集まれるのは、どうしても土・日になってしまうので すが、大人の出演者はその他に月・水・金の各クラスの後に小リハをやっています。みん なとても熱心で真剣です。回数多く稽古すれば必ず上手くなるとはよく言われることです が、本当にこれは子どもも大人も同じなのですね。実感しています。のんびり構えている (!?)中高生よ!頑張らないとお姉様たちの真剣パワーに負けてしまうワヨ! 4月28日(土) 朝のうちは晴れ間さえ見えていたものの、天気予報通り午後になってみるみる曇って来て 3時過ぎには雨が降りだしました。雷が鳴る中、強い雨のために幼児クラスの生徒の多く は、みんな靴下もズボンもびっしょりです。それでもお稽古着に着替えると、元気よく、 パワー満載! 全員出席! 帰りの頃には雨も上がりました。 4月27日(金) 風邪が抜けきらず、いまひとつ気分が晴れない中、ひさしぶりに香炉庵のコーヒーをいた だきました。先日初めて購入した「ルワンダ」に加え、「ジンバブエ」を夫が買ってきて くれました。どちらもアフリカの内戦の激しい国と聞きます。「ジンバブエ」は香りは少 々控えめで、味も苦みも深い「大人の味」でキリッとしていてナッティな味わいがありま す。「ルワンダ」は前にも美味しいと思ったのですが、今回も素晴らしく、香りもよく、 甘く、深い味わいがあり、いまわたしのいちばん気に入っているコーヒーです。20年前 に銀座の「カフェ・ド・ランブル」の関口一郎さんが焙煎した「スマトラ」をいただいた 時に「美味しいなぁ!!」と思って以来、あまり美味しいと思うコーヒーにめぐり逢えなか ったのですが、この香炉庵の「ルワンダ」にはちょっとその時の感激を彷彿させるような ときめきを感じてしまいます。 しばらくストップしたままでごめんなさい! ノートに書きとめておいたものを少しずつ 遡ってアップさせていきますのでよろしく!! 4月5日(木) 火曜日からの寒さが続いています。昨日はまたたいへんなお天気でした。お昼頃までは晴 れ間も見えるほどであったのに、子どもたちのレッスンが始まる午後3時くらいには空が 暗くなって雨が降ってきたのでした。その雨も急に大粒になってスタジオから見える赤い 螺旋階段にあたってバラバラと音をたてていたと思っていたら、後でそれはみぞれだった ことを知りました。東京で4月にみぞれが降ったのは19年ぶりとか。急に寒くなったと 感じたわけで、気温も12度から一気に5度にまで下がったということでした。 寒さの名残はあったものの、きょうは青空が高く感じるいいお天気で、ベランダに出てみ ると思わず深呼吸をしたくなるような気持ちの良さでした。久しぶりに洗濯物を外に干し たくなりました。……というのも、わが家の立派な物干し場は、何年か前にお隣が10階 建てを建てた時から陽は全くささなくなったために用を足さなくなり、場所を替えて物干 し竿を設えた「第二物干し場」も冬はどうしても日照時間が少ないために、リビングのガ ラスのサッシ越しにガチャガチャ(洗濯ばさみがたくさん吊り下がった折り畳み式のハン ガーのことをわが家ではこう呼んでいるのです)を並べて、昼間のガラス越しの太陽と、 夜の暖房の熱とを使って洗濯物を乾かすという現状でした。シーツ、ジーパン、バスタオ ル、ワイシャツ、タオルと、大きなもの、厚手のものだけが太陽の恩恵にあずかることが できました。やっぱり洗濯物はこれでなくっちゃ!と、干しながら強く思いました。 4月4日(水) 高校の教科書検定で沖縄戦の集団自決をめぐって、「日本軍に強いられた」という内容の 表記が修正されたということです。「またこんなことを…」と呆れずにはいられませんで した。集団自決した民間人の全てが日本軍の強制によったものだと言い切れないとか、強 制を強いた日本軍の元軍人やその遺族がそのことで名誉棄損の訴訟を起こしているなどの 理由から、「日本軍に強いられた」という表記を削れということになったということです。 しかしこんな些細なことで(あえて些細と言います)歴史の事実の本筋を違えてよいので しょうか。 はなしは去年の暮れのことになりますが、わたしは車で追突事故を起こしました。夜ファ ミリーレストランの駐車場に入るような形で停車していた車がわたしの目に入らず追突し たものです。この時同乗していた母が現場検証する警察官に向かって、相手の車のウイン カーやライトが点いていなかったことを訴えていました。その母に対して警察官は、「た とえそうであったとしても、お嬢さんが追突していいということにはならないのですから ね」と穏やかにではありましたが一喝しました。わたしも残念ながらその通りだと思いま した。つまりこの事故については、わたしが全面的に加害の立場にあったという事実は、 いかなるエピソードをもってしても揺るがないのです。 そこで教科書検定の問題に立ち返って思うことなのですが、母を一喝した警察官のように、 「でも日本軍が大方において強制したという事実は揺るがないのだよ」と、言ってくれる 「偉い人」はいまの世の中に一人もいないのでしょうか。だれでもわかりきっている事実 でしょうに。 4月3日(火) 数日前の暖かさがウソのような、また冬に逆戻りのような寒さです。満開だったサクラも きっとふるえているでしょう。今年はこれで散ってしまうのでしょうか。本当に、見られ る時に見ないとなかなか見逃してしまうものですね。わが家のベランダではそうはいって も、一日一日と植物たちの成長するさまがうかがえます。先日植え替えた蔓バラからは小 さな新芽が出てきましたし、クレマチスも次々と花を開かせてくれます。柿の木の新芽は 3センチほどの黄緑色の葉っぱの形を呈してきました。そしてなにより驚いたのは、屋上 へ伸びているフジの花が開花しはじめたことでした。そういえば昨年、さとうみどりさん の作品に出演させていただいた際に、そのリハーサルで何度か茂原へ行った時に車からた くさんのヤマフジの花が咲いているのを見ましたっけ。ちょうどこんな陽気のこの時期で した。あぁ、一年って本当にあっという間なのですね……! 4月2日(月) 久しぶりに文音と一緒にお風呂に入りました。むすめもわたしもお風呂が大好きです。少 し熱めのお湯に浸かっては「あー、天国!」とか「気持ちいいねぇー!」などと湯治場の お婆さんどうしのように喜んでいます。湯船でのとりとめのない話からきょうはマイ・フ ェイヴァリット食べ物の話になりました。マイ・フェイヴァリット野菜では、わたしはト マトです。わたしがお腹にいる時、母はトマトが食べたくて食べたくて仕方がなく、毎日 食べていたそうです。八百屋さんの店先にトマトが並んでいると、家にまだあると思って も買ってきてしまうほどだったそうです。おかげで(?)わたしはトマトが大好きです。 それもなるべく熟れていて、しかも柔らかくない、酸味のあるものが好きです。スーパー に並んでいるものの中から、いつも「これは!」と思えるものを目で(!)選んで買って くるのです。成城石井には愛知産や千葉産の美味しいトマトが並んでいます。やはりわた しもトマトはうちにまだあってもついつい買ってきてしまいます(妊娠はしていませんが)。 きょうもトマトソースのスパゲティーだったのですが、ルッコラと生ハムのサラダと一緒 にトマトだけのサラダを並べて文音に笑われてしまいました(でも文音もたくさん食べて いました)。 文音のマイ・フェイヴァリット野菜はモロヘイヤとピーマンなんだそうです。そうですね、 どんなおかずの時でもモロヘイヤのおひたしがあるとご機嫌かもしれません。毎日モロヘ イヤでもいいそうです。ピーマンは、むすめが幼いころ、初めてピーマンなるものを口に させる時、小さめのピーマンのおしりの部分をうすく輪切りにして、ちょうどミッキーマ ウスのようなかたちだったのを「ミッキーさんョ」と言って食べさせたのでした。嫌がっ て口から出すかな…?と思いきや、「ミッキーさんおいしい!」「もっとミッキーさん!」 と言ってよく食べたのでした。いまから思うとその時はママを喜ばせようとしていたのか もしれないね。 マイ・フェイヴァリット果物は二人揃って桃でした。桃を食べると「ありがたい…!」と いう気持ちになります。イチゴ、サクランボもいいけれど、やはり桃でしょう!というこ とで意見が一致しました。「パパならビワだね」と言っていました(夫は無類のビワ好き です)。 マイ・フェイヴァリットおかずは、文音は「ワンタン」とずっと書いてきたそうです。わ たしは…わたしは…なんだろう。欲張りなわたしはあれもこれも…。結論が出ないまま夜 は更けていきました。 4月1日(日) 昨日なんだか元気のなかった文音。原因を究明してみると、どうもこれから一年、受験と いう大きな目標に向けてやっていくことへの不安や自信のなさからくるものだったようで す。その文音が洗面所にいるわたしのところに来て言いました。「ママ、文音きょうから 心を入れ替えて勉強するよ」(うん、うんと頷くわたし)「一生懸命やらないで自信も何 もないものね」(再び、そうねと頷くわたし)「もうエルレ(文音がいま夢中になってい るロックバンド、エルレガーデン)のCDも聴かないようにする」(あら、そうなのと思 いながらも頷くわたし)……少しして「あぁ、エルレね、解散するんだって!」「ホント !」と驚くわたし。「ウソだよ!エイプリルフールでした!」と言う文音。……しかし文 音よ、どこまでがエイプリルフールだったの? 3月31日(土) 肘の骨を折ったためにしばらくレッスンをお休みしていた陽花ちゃんが久しぶりに顔を見 せてくれました。もう普段の生活には差し支えないということです。けれどずっとギプス をつけていた陽花ちゃんの左腕は細く、まだ肘がまっすぐにまで伸ばせない状態で痛々し く感じました。しかし当のご本人はとっても元気で、バレエがやりたくてやりたくてしか たがなかったというふうで、本当に水を得た魚のようでした。入学式までによくなって、 陽花ちゃん、本当によかったね!同じ新一年生の萌ちゃんは転んで顎を怪我して3センチ 縫ったということ、きょう連絡をいただきました。既に抜糸も済んだということでしたが ……新一年生よ、どうかせめて入学式までは怪我や風邪に気をつけておくれ! きょうはカンティネッタは臨時休業です。夫は嬉々として中学校の同期会(34年ぶり) に出かけて行きました。カレンダーに印をつけて、前々から楽しみにしていたこの同期会。 それでも「もし、つまらなかったら早くに帰ってきて店を開ける」と言い残して。スタジ オから見える店にはレッスンが終る時刻になっても灯がつきませんでした。夜半すぎに戻 った夫はご機嫌で、なんと三次会まで出席したということです。 3月30日(金) 朝のうち降っていた雨もあがって、お昼近くには陽がさして青空にさえなってきました。 二人の母を誘って海浜公園へお花見に出かけました。ときおり吹く風こそ冷たいものの、 雨の後の陽ざしは結構強く、じっとしていると日に焼けそうです。平日の昼間であったせ いか、例年ごったがえしていた桜の木の植わっている広場もすいていて、思いがけずのん びりと「桜を堪能」することができました。太い幹の根元に腰をおろし下から見上げると、 ブルーの空をバックにした満開の桜のはかなげな薄いピンクがなんとも美しく、見とれて しまいました。そう、昨年のお花見もお天気がはっきりせず、当日の朝になっての中止で した。今年はその分も見ちゃったような気がします。 3月29日(木) 今日は5月下旬の陽気でした。気温は24度にまでなったそうです。夫がようやく鉢植え の蔓バラの植え替えをしました。2〜3日前、二階リビングの南向きの窓の外にある30 センチ程の庇の部分に屋根からのワイヤーを50センチ間隔に垂直に張っていましたが、 それは今回植え替えたバラの枝を誘引して「緑のカーテン」を作ろうというもくろみがあ ってのことなのです。シティ・オブ・ヨーク、ポールズ・ヒマラヤン・ムスク、ザ・ガー ランドです。この春・夏で、どれ程枝を伸ばしてくれるでしょう。楽しみです。ちなみに、 そういうことをしている時の夫の顔は、他のどんな時よりも満ち足りた幸せそうな顔をし ています。ちょうどあそびに来ていたわたしの母が「これが天職だったんじゃないの…?」 とつぶやいておりました。 3月28日(水) 今度、5月25日(金)26日(土)に横浜は桜木町にある神奈川県立音楽堂にて、カナ ガワダンスフェスティバルが開催されますが、そこで(25日のシニアの部)昨年イイノ ホールで出した「わたしたちに与えられた時間」を踊ることになりました。今回は、この 春、晴れて大学合格を果たした鈴木信哉君をはじめ、新たな3名のメンバーが加わります。 今から楽しみです。 3月27日(火) ここにきて朝晩はまだ冷え込むものの、日に日に春らしい陽気になってきています。今日 も曇り空ながら、急ぎ足で歩いていると汗ばむほどの暖かさでした。用事があって渋谷へ 行きました。道玄坂上から駅の方へ下ってくる時、交差点にある一本の桜の木に目がとま りました。そんなに大きい木ではないのですが、ちょうど五分咲きほどでしょうか。忙し そうに往来する人や車とは別世界のように、そこだけ時間が止まっているかのごとく静か に美しく咲いています。一昨日予定していたお花見が雨のために中止になってしまったた め今年はちょうど見頃の時期を逃してしまうだろうと思っていただけに、この思いがけな いチャンスにうれしくなってしばし立ち止まって見上げておりました。 3月26日(月) 今日の昼間のストレッチクラスは全員がパワー全開でした。寒かったつい一週間前にくら べて、動いていると汗が流れてくるほどの陽気です。次から次とこちらが要求する動きに 対して、参加している7名全員が誰一人とどまることなく一生懸命に進んできてくれます。 そうなるとこちらもついつい熱が入ります。カウントをとったり、号令をかけながら教え ていたわたしまでが汗だくです。終った後の皆の表情が「やった!」という感じです。皆 本当に体力がついたなぁとつくづく感心しました。一生懸命な生徒からわたしの方がパワ ーをもらうということは、子どもも大人もかわらないのですね。 3月25日(日) ジョギングにはまっている夫曰く「ジョギングするたびに感じることなのだけれど、走り 始めの1キロメートルぐらいまでは辛くて、この先走り続けられそうにないと思うのに、 すぐにスッと身体が楽になって、あとは何キロでも走れるような気がしてくる(といって も、せいぜい20キロぐらいだそうですけれど……)」と。それを聞いてわたしもそうだ と思いました。一人でやるバーレッスン、プリエからタンジュあたりまでは「どうしよう かな…今日はこのへんでやめておこうかなぁ」と思うのですが、それをすぎてしまうと、 どんどん身体が調整されることを欲するようになり、心地よさを感じるのです。「先生」 でもイヤなことがあるのよ(!?) 3月24日(土) 「ローハイド」のフェイバーさんたちがつけている革の前掛け(カウボーイがつける、馬 に乗りやすくできている股割りズボンのような前掛け)が、子どもの頃、魚屋さんのつけ ているゴム製の前掛けを見て、それと同じものだと思っていたことを思い出しました。夫 に話すと彼は彼で、近くにあった豆腐屋のおじさんがやはりゴムの長い前掛けをしている のを見て「あっ、フェイバーさんだ」と思っていたそうです。同世代の感じ方だと思いま した。ちなみに深夜番組「ローハイド」は今日で終わって、来週からは「ヒッチコック劇 場」をやるそうです。熊倉一雄のあの吹き替えの声がまた聴けるのでしょうか。 3月23日(金) 「お笑い」好きの文音と一緒に、NHKの「爆笑オンエアバトル」を観ました。ちょうど 今夜は年間チャンピオン大会のファイナルで、昨年のチャンピオン(一昨年からの2連勝) タカアンドトシに加えて10組の若手芸人たちがその座を目指して奮闘していました。い つも「ただ笑うだけ」ですんでしまっている漫才やコントですが、今夜ばかりはそれぞれ の出演者たちの真剣な表情から、半端ではない意気込みが伝わってきます。結果は唯一の 関西漫才コンビであるNON STYLEがチャンピオンになりました。2位はタイムマ シン3号、タカアンドトシは3位でした。若手といえどもベテラン、新人と、上手さの違 いはありましたが、どこも一生懸命ネタを考え練習したあとが感じられました。ちょうど ここにきてフィギアスケートの世界大会や、シンクロの世界大会が毎日放映されています。 身体の故障を背負いながら過酷な練習に耐えた後のメダル獲得に涙する選手たち、頂点を 目指す者として同じきびしさを感じました。 3月22日(木) 朝から暖かい一日でした。天気予報では16〜7度まで気温が上がるコートなしの一日に なるとまで言っていました。柿の木の梢にも新芽の緑が見えていますし、山椒の木も楓も その枝にはたくさんのミニチュアサイズの葉が出てきました。「春」なのですね。前々か ら気になっていた鉢植えの白梅の枝を剪定しました。この小さな鉢は2年前、文音の高校 受験の合格祈願のために深大寺にお参りに行った際に、植物園からの参道にある植木屋さ んで購入したものです。それを昨年はなんとなく枝をつめずに置いてしまったために、そ のまま不格好に枝が延びてしまっていたのでした。夫は昨日買ってきた置き肥のマガンプ Kと「ボカシ」という、油かすと骨粉を醗酵させてペレット状に成形した固形肥料を施し ています。そうそう、この「ボカシ」といえばいつだったか買ってきた大袋を玄関に置い ておいたところ、ケムリがそのビニールの袋を噛みちぎって食べてしまったことがありま した。独得の有機的な匂いにそそられたのでしょうか。そのあとでケムリは心なしか大き くなったような気がしました(!?)。香炉庵の香りが高く美味しいコーヒーをいただき ながら、ふとそんなことを思い出しました。 3月21日(水) バラの肥料を買いにケンマートへ行ったところ、クレマチスの原種の苗を見つけてしまい ました。「もっとたくさんあったのですが、これだけになってしまいました。」と売り場 の人に言われたそれらの鉢には、いかにも「原種」らしい素朴な花がちらほらと咲いてい ます。その中から、白い一重の可憐な花をつける「モンタナ系スポーネリ」と、小さな白 い花の「トリガタハンショウヅル」というのを買いました。来年、そして2年後にはどの くらい蔓が延びて可愛い花をつけてくれるでしょうか。今から楽しみです。 3月20日(火)revised この時季には車に乗っていると、モクレンやハクモクレンの花をよく見かけます。空に向 かって拡げた枝にハクモクレンの布のような風合いの花がたくさんついているのを見ると、 わたしはつい子どもの頃に見たデパートのハンカチ売り場を思い出してしまうのです。そ う、わたしが子どもだった頃、デパートというのは今よりももっと「特別な場所」だった ような気がします。天井の高い1階にはその金属製の枝先がまあるく輪になったところに、 同じ柄のハンカチがいくつも花のように咲いているハンカチ売り場がありました。同じく、 傘の売り場には広げられたいろんな柄の傘が壁一面に飾られていたり……。時計のような 表示盤に矢印で示されたエレベーターには制服姿の白い手袋をしたきれいなおねえさんが 乗っていて、ガラス張りの透明な二重扉を巧みに操っていたり、5階の呉服売り場は縦横 の枡目のような組み込み式の床板で、いつも反物のいいにおいがしていて、売り場の店員 さんは皆和服の上に緑色の長い上っ張りを着ていました。屋上にはゾウとキリンのすべり だいがあって、同じ階に金魚やら小鳥やら植木を売っている場所があり、すぐ下の階には お昼時には混雑するお好み食堂があり、白いエプロンにレースの髪飾り(というのでしょ うか?)のウェートレスさんが丸いお盆を持って忙しそうに立ち働いていました。デパー トへ行くと言われるとなんだか嬉しかった。「およそいき」の服に着替えて、わくわくし ながら行ったように記憶します(因みに、人ごみに弱い夫はデパートへ行った翌日には必 ず熱を出していたそうです)。そう、その頃のデパートは、いまのディズニーランドのよ うなアミューズメントパークのような役割を果たしていたのかもしれません。ハクモクレ ンを見つけるたびにわたしはこんな懐かしい子どもの頃のデパートを思い出してしまうの です。 3月19日(月) 夜の大人のレッスン前に店いたところ、ドアが開いて今日一番のお客さまがいらっしゃい ました。映画「シテール島への船出」の監督、テオ・アンゲロプロスのようなちょっとい かつい黒ぶちの眼鏡をかけたその人は、VENCEREMOSの竣工時からの住人の「ナ ビ」ことH氏ではありませんか。わたしは久しぶりにお目にかかったのでご挨拶をすると、 そのあとでナビが「順子さん、日記再開おめでとうございます!」とおっしゃるのです。 思わず「ワァー、ナビが初めて気づいてくださった!」と叫んでしまいました。そう、こ の、日記を再開したこと、まだどなたにも言ってなかったのです。不甲斐なく三たび滞っ てしまうかもしれないという自信のなさから、それでもどなたが最初に気づいてくださる だろうか…などとちょっと期待などしながら……。うれしくなっちゃいました! 3月18日(日) 明け方とても冷え込みました。お昼を過ぎるとわが家の二階のリビングには陽もさしてず いぶんと暖かくなります。洗面所にいたわたしを夫が小さな声で呼んでいます。行ってみ ると、手招きしていた彼は「ちょっとあれを見てよ」と指を差しています。暖かそうな日 溜まりの中にひろげられた夫のセーター。その上にはなんとも気持ちがよさそうに身体を ひろげてケムリが寝そべっているではありませんか。聞くと、しまってあったセーターを 着ようと出してきたものの、ちょっと陽にあててから……と2〜3分前にひろげたという こと。「これはいいお昼寝の場所!」とばかりに占有を決め込んだケムリでした。 3月17日(土) いたるところでインフルエンザや風邪が流行っています。子どもたちのレッスンでも風邪 のために何人もの生徒がお休みでした。それだけでなくこの時期、卒園式や家族旅行など、 いろいろと忙しいのでしょう。今日の幼児クラスは年長さんがそろってお休みのために4 月からの新年長さんを中心にした7名の子どもたちが集まって元気にお稽古に励みました。 わたしの腰も回復し、ようやく子どもたちと一緒にポーンと足を蹴り上げられるようにな りました。ポーンと上げたわたしの足に子どもたちの視線を感じたので「おかげさまで先 生の足、元気に上げられるようになりました」と言うと、「なあんだ、先生がまだ治らな かったら早く上手になって代わりに先生やってあげようと思ってたのに……」と明沙香ち ゃん。わたしがまだ充分に動けない身体で教えをやった時に「先生はまだ怪我が治らなく て足を上げられないから、みんなが先生になってね」と言ったことを覚えていてくれたの でしょう。「ああ、先生が動けなかったから早く上手になって先生をやってくれようとし たのね?」と聞くと「わたしも先生になってあげる!」と香乃ちゃん。なんとも心強く、 嬉しいひとときでした。 3月16日(金) 風は冷たいのですが、なんとなくどことなく「春」が近づいていることを感じさせるよう な日中の陽気の中、鼻がムズムズしてきました。「来た来た!」今年もやって来ました、 花粉症が。わたしの場合、毎年決まってバレンタインデーのあたりから「ん?」と感知し、 一か月後、つまりホワイトデーぐらいからきびしくその症状は顕れ、5月の連休くらいま で続くのです。それでも昔に比べていまは前々からアレルギーの薬を服用しているおかげ でごく軽い症状で済んではいます。ティッシュで鼻を押さえながらベランダに出て、ちょ っと曇った空を見上げました。そうしたら…なんと!ここにも「春」を見つけてしまいま した。ベランダの上、つまり屋上の赤い手すりに巻いているフジの蔓にタマオのしっぽの 先くらいの大きさの花芽がたくさんたくさんついているではありませんか!ちょっと感激 しちゃいました。 3月15日(木) 数日前、NHKで「椎名林檎のお宝ライブ」という番組を見ました。個性的な声、独得の 歌詞、奇抜なメイクやコスチューム、相当な実力の持ち主と見うけられながら、それでい てとっても真面目で謙虚な人生観を言葉の端々から感じさせる、前々から気になる人では ありましたが、この番組を見て、ますます興味が湧いてきました。いま、斎藤ネコという バィオリニストであり編曲者と組んで出しているCDが話題になっています。近々買って きたいと思いました。 3月14日(水) 今日の夕食は「魚春」さんのアサリで作ったスパゲティ・ボンゴレ・ビアンコでした。稽 古のある日は、手っとり早くて、美味しくて、文音の好物でもあるのでついついこれにな るのです。いまのアサリは貝殻からはみ出んばかりに身が太っています。「魚春」さんの ご主人曰く、「これからが一番美味しくなるとき」だそうです。「魚春」さんといえば、 いまやうちの稽古場ではちょっとしたブームになっています。お刺し身にしろ、貝にしろ、 もちろん切り身や尾頭付きにしろ、どれも美味しいのです。グレードがそこいらのスーパ ーや百貨店より確実に数段上をいっています。生徒さんの中には、お刺し身やシジミ(こ れがまた身が太っていて濃厚なお味なのです)を「魚春」さんで買ってからレッスンに来 る人もいます。そんなときはレッスンが終るまでわが家の冷蔵庫に預かることもあります。 「魚春」さんは三叉地蔵から一方通行のバス通りを駅の方向へ100メーターほど下った 左側にあります。 3月13日(火) 吹く風がなんとも冷たい一日でした。ベランダの片隅に、ニオイスミレの小さな花を見つ けました。ひかげでチリチリになった葉の中から二つの花が冷たい風にふるえるように咲 いています。この鉢、まだ文音が幼稚園生の頃に東神奈川駅前の「サカタのタネ」で購入 したもの。もう10年以上も前のことです。当時は古い家の母屋のベランダに置かれてい て、時には大雪にすっぽりと覆われ、時には夏の陽射しの中、水やりが十分でなかったた めに緑の葉がしおれて枯れかけたことが何度あったでしょう。そのたびにあわてて水をや るとまた復活して、毎年いい香りの花を咲かせてくれたのですが、この家に来て、ここの 何年か、やはり陽当たりが十分でなく、だんだんやせ細ってきて花もあまりつけなくなっ たものなのでした。冷たい風の中、可憐に咲く二つの花はなんとも力強く、勇気をもらう ような気がしました。 3月12日(月) よいお天気なので、夕方少し早めの時間に駅まで買い物に出かけました。思えば、一週間 前にはふつうの速さで歩くこともままならない身で、フライパンすら持つことも出来ず、 夕飯の買い物に行くにも夫の後をヨチヨチと歩くだけが精一杯だったことを思い出し、自 分の思いどおりに歩けることがなんと素晴らしいことなのだろうということを実感しまし た。歩きながらうきうきしました。 2007年3月11日(日) 「暖冬」の影響で、今年の桜(ソメイヨシノ)の開花は記録的な早さになるとの予測が出さ れました。 ずいぶんと長くご無沙汰してしまいました。今日から「日記」再開します。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 月日の経つのは本当に速いもので…とは常套句ですが、わたしがこれを「おさぼり」して から一年が経ってしまいました。ふり返ればこの一年の間に3本の舞台(客演)、生徒た ちの発表会と、毎日が踊りと向き合っている日々であったように思います。その間も早く また「再開」しようと(再開を!との声を多くの方からいただき、ありがとうございまし た)その日気になったことなどを書きためていたのですが、なぜか踏み出せず来てしまい ました。そして昨年暮れからの不幸続き、追突事故、夫の○○(「浮気」や「暴力」では ありません、念のため)初めてのぎっくり腰!……とまあきまして、いささか人生をふり 返り、とまではいかないものの自分の足跡を残しておこうと重い腰(まさに!!)を上げた 次第です。……とはマイナスの面からのことで、やはり何といっても毎日出あう新しい発 見、小さな歓び、生徒たちの成長を記しておきたいというのが本当のところです。 そう、そのぎっくり腰ですが、なったのが2月21日ですから18日前のこと。リハビリ 状態からようやく2〜3日前に「自分の身体が戻ってきつつある状態」までに回復しまし た。思えば、娘の出産の時を除いてこんなに動けなかったことってなかったのですね。い やぁ、身体が動くことってなんて素敵なことなんだろうとつくづく感じました。それから 身体をいたわることの大切さを。「冷えと疲れだね」というのが医者の第一声(そう、心 労よ!?)。 これからもわたしとつきあっていただくこの身体、いたわりながら鍛えていきたいと思い ました。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 2月16日(木) 神戸空港が今日開港したそうです。TVのニュースで聞くまで、わたしはその存在(開港 にむけて建設中!?)を知りませんでした。地元の空港建設反対のプラカードを持った人 々が映っていました。環境問題、地形から来る航空路と滑走路との関係で生じる問題、隣 接する関西空港や大阪空港と重複する航空路の危険性、利用客の現状による建設費と収入 の採算のくい違いなど、今日開港したこの空港はさまざまな問題を抱えています。おまけ にそこから出る赤字の収支は税金によってまかなわれることになるとニュースでは伝えて いました。地元の人たちのあいだでも「使わない空港」とか「税金のムダ使い」などと言 われて、これを見ただけでもこんなものを造る必要があったのだろうか?と思ってしまい ました。これを造って〇得なのは、政府と建設に携わる業者のみではないのでしょうか。 2月15日(水) 朝から暖かい春のような陽ざし。今日は日中20℃くらいまで上がるという話です。一つ、 また一つ花開いた白梅も、今日は満開になるかもしれません。 6月7日(水)に池袋の東京芸術劇場にて催される「新鋭・中堅による現代舞踊公演」に 作品を出されるさとうみどりさんより舞台出演の依頼があり、今日はその初リハーサルの ため勝浦まで行きます。勝浦!! そう、千葉県は外房の勝浦です。さとうさんは勝浦に ある国際武道大学の教授をなさっていて茂原に在住されているため、リハーサルはそちら の方面が多くなるようです。 2月14日(火) 今日はバレンタインデー。そう、節分に太巻き寿司を食べるのと同じようにチョコレート 屋さんが考えた特別の日です。あ、節分は古来よりある記念日(暦)に珍風習をくっつけ た(取り込んだ?)もの。それに比べれば、もともと日本にはバレンタインデーなどとい う日自体存在しなかったのですから、こちらの方が奇異といえば奇異ですね。日本が高度 成長を遂げてきて、ものが豊かになった昭和40年代に、これまた強くなった女性の権利 に乗じて実にこれはうまく日本の社会の中にその慣習を定着させたといえることでしょう。 ご多分に洩れず、わが娘は級友に「手作りチョコレート」なるものを作ると息巻いていま す。なんと、女の子同士でも「友チョコ」なるものの交換があるのだとか……。そのくせ、 「パパはヨックモックの『ビェ・オゥ・ショコラ・オレ』が好きだから」という理由から 買い物ついでにわたしに買ってきてと頼むのでした。でも私が思うに、この「手作りチョ コレート」なるもの、単にチョコをテンパリングして溶かして形を変えたり、いろんな飾 りをつけたり…で、そんなもの「手作り」でも何でもないし、なんだかもらっても迷惑な のではないかと。ケーキやシュークリームもそうですが、お菓子って職人芸なるものの成 せるワザだと思うのです。愛する家族や恋人、招いた友人のために、不出来でも愛情こも った料理を作るのとはちょっとわけが違うと思うのですが……。ケーキやシュークリーム はまだ許せるとして、不味い制作過程不明のチョコレートをもらった日には閉口すると思 います。好きでもない子からサイズの合わない手編みのセーターをもらうようなものだと 思うのは「年寄り」のヒガミでょうか? だからわたしはケーキやシュークリームは作っ ても、チョコレートはぜったい買うもの!と決めています(やはり買うか!)。「手作り」 にこそ意義があると創作意欲をみせている娘をヨコ目で見ながら(……といいつつ、なん だかんだと手伝うハメになるのですが……)。 2月13日(月) ベランダの白梅が、ふたつ花開きました。本当に白梅はいい香りがします。清々しく、気 品があってちょっと悲しげな、なんとも懐かしいこの香り。花の中で、いちばん好きな香 りかもしれません。 2月12日(日) 文音の和光小学校からの友人の田中真弓子さんは花ノ本流という流派の日本舞踊を幼少か らやっています。今日は、その「名披露目の会」ということ、つまりお家元から名取の芸 名をいただく舞台で、文音と三宅坂の国立劇場へ観にいきました。新しい芸名は「花ノ本 以津輝(はなのもといづき)」です。演目は「義経千本桜」の「道行初音旅」でした。静 御前(真弓子さんの幼少からの師である伯母さんが演じていらっしゃいました)にお供す る佐藤忠信(実は御前の持つ初音の鼓の皮にされた狐の子どもである源九郎狐)という役 をしっかりこなして、真弓子こと以津輝さんはすばらしい舞台をみせてくれました。 何十年ぶりかで行った国立劇場は、古くなって少し煤けた感じはしたもののあいかわらず どっしりとしたたたずまいで、楽屋口で下足箱があり、そこでスリッパに履き替えるのを 見て、むかし上野の文化会館での作品のリハーサルのためにここのリハーサル室(大稽古 場)に何度も通ったことを思いだし、懐かしくなりました。 2月11日(土) 1月の21日の東京での大雪の日にお休みした分として、今日は祝日ですがレッスンを行 いました。前々からの予定や、幼稚園の行事のために数名のお休みはありましたが、思い がけずみな元気に集まってくれました。 幼児クラスで動きの手のあげ方を教えるとき、例として「花咲かじいさん」の話をしたの ですが、ものがたりを知っている子どもはたった二人、それでは……と話し始めたところ 私自身が細かい筋を忘れているのですね。もう一度「むかしばなし」をさらわねば……と 思いました。 2月10日(金) 「プロフェッショナル」というNHKの番組に出演していたのは宇都宮健児という弁護士 でした。「地下鉄サリン事件」や「オレンジ共済事件」などを手がけた辣腕家で、彼がい ま熱心に活動しているのは、サラ金地獄に陥った人々の救済です。時には暴力団関係者や その筋の人々から命までも脅かされながら、住む家も地位も失った人たちの債務を少しで も軽くするようにと走り回っているのです。新宿のホームレスの人たちの中を歩き「無料 法律相談」なるものを受け付けて「仕事」となるものを探すことも多いようです。そんな 事件を引き受けてもお金にならないのでは……というインタビュアーの質問に「お金が全 くない人にはその人にお金が戻ってきたときにもらいます。たとえ5000円の仕事でも 足を使って100件、200件やればそれだけの額になりますから。自分が食べて行かれ れば仕事をしていられることをありがたく思いますね。」と答えていました。世の中には いろんな人がいるとは思うけれど、弁護士という職業に対するイメージが大きく変わりま した。プロフェッショナルとは「弱者のためにとことんやる人、ひいては他人のために頑 張れる人」と、彼は言い切っていました。それをすると、いまの日本の政治を動かしてい る人々の中にはプロフェッショナルな人は本当に稀有ですね。 2月9日(木) 寒い一日でした。冷たい風の中夫はジョギングに出かけて行きました。 2月8日(水) 「紅ほっぺ」というイチゴを食べました。甘さは十分なのですがどこかもの足りません。 木箱のなかに並べられて売られていた頃の縦長でもっと痩せていた昔のイチゴが懐かしい です。積み重ねられた木箱を手に取るとプウーンと春の匂いがした昔のイチゴです。 2月7日(火) リリー・フランキーの『東京タワー』を読み終えました。読み始めにあれほど引き込まれ たにもかかわらず、途中で萎えてしまって、いままでかかってしまいました。同時代人と しての共感は随所に感じられるし、多感だった少年時代の作者の姿に出会えて好感を持っ たのですが、なんかずっと同じところに留まっているだけのような物足りなさを感じてい る自分に気付いたのです、いつのころか。スケール感に欠けているとでもいうのでしょう か。個人的には好きな人なのですがね。 2月6日(月) 「ラミヤータ」にカレーを食べにいったのですが、珍しく閉まっていたので、急遽近くの 「ブルドッグ」へ行き、Aランチを食べました。チキンカツ(カレー付き)というメニュ ーでした。「カレー付き」というところに「ラミヤータ」への未練が感じられるでしょ。 案の定食べすぎましたが…。 2月5日(日) NHKの番組「課外授業 ようこそ先輩」に武田双雲という書道家が出ていました。なに げなくチャンネルを変えたところ、小学生たちの前で自己紹介をするかれの傍らに貼られ ていた紙に書かれていた「武田双雲」という文字に強くひかれ、目が釘付けになってしま ったのでした。書に対する姿勢が根源的な深さを持っていて、子どもたちの指導にも驚か されました。「風」という字を書くのに、ブランコに乗ったり、落ち葉やドングリを使っ たりと、子どもたちの自由な発想を第一に考え育てようとする人なのです。失敗すること や、寄り道することの大切さを説いていました。こんな人に書を習ってみたいと思いまし た。 2月4日(土) 柿の実はもうすっかり残っていません。萼と皮だけが枝にぶら下がっているだけです。と ころがスタジオでレッスンをしていると、スズメたちの賑やかな鳴き声が聞こえてくるの です。見ると、地上に落下した実をつついているではありませんか。収穫のときに受け取 り損ねて傷ついたり、熟れすぎて自然落下した実なのであまり美味しくないようで、正規 品が底をついた今でなければ、スズメといえども見向きもしなかったシロモノなのでしょ う。 2月3日(金) 今日は節分です。昔は「恵方巻き」という太巻き寿司を食べる風習など聞いたことすらあ りませんでした。この珍風習の成立についてはわが家に生き証人がいます。それは夫で、 いまを遡ること25年、夫が灘の酒蔵に勤めていたとき、かの地のローソンが考案したセ ールスプロモーションであったと言い切るのです。東京で生まれ育った夫は当初関西の面 白い風習だと思ったそうですが、同僚の神戸っ子も初耳だったと聞いてなるほどと合点が いったのだそうです。それから20年あまりで東京にもこの珍風習が広まったわけです。 バレンタインデーのチョコレートと同じ出自を持っているのですね。で、お腹も空いてい たわたしたちは、そうと知りながらも、買い物のおりについその太巻き寿司を買いもの籠 に入れていました。夜はレッスン後に文音と、由緒正しい風習であるところの豆まきを行 いました。鬼はーそと、福はーうち。 2月2日(木) 昨日にひき続き寒い一日でした。けれど、着々と春の準備がすすんでいるのですね。鉢植 えのバラはしかっりと新芽を出してきましたし、ベランダの白梅の蕾も少しずつ膨らんで きました。 2月1日(水) 昨日一日ゆっくりできたせいか、すっきりしています(油断は禁物ですが…)。今日は雨 のなか、舞踊協会へ行きました。恵比寿の駅から駒沢通りを山手通り方面に10分ほど歩 いたところをちょっと入るのですが、曲がる箇所を忘れてしまい、近くまで行ったものの、 ぐるぐると迷ってしまいました。協会がこの場所に移転してからもう2年くらいになるで しょうか。新しいこの協会には年に数回しか訪れることもなく、なかなか場所が覚えられ ません。以前は渋谷区渋谷1丁目、ちょうどこどもの城の裏あたりにありました。もっと 前、わたしが入会したころは、同じ渋谷1丁目でも金王坂上と246との交差点近くの二 階建ての建物の中の一室でした。よく新人公演の出演の申し込みや出演順の抽選などのた めに、または広報のお手伝いにとその場所にはよく通ったものです。同じ建物の一階にあ る珈琲やさんの横の急で狭い階段を上ったことをよく覚えています(上るときの足音が響 きました)。ガラスのはまった木のとびらを開けて入ると、そこには事務局の国馬さんが いらして、いつもにこやかに「おはようございます」と迎えてくださるのでした。……そ う、今日欠けているのはその国馬さんのお声だったことに後で、でもすぐに気づきました。 国馬さんは1月31日をもって退職なさったのでした。わたしにとって舞踊協会といえば 国馬さんだったのです。なんとも寂しく感じられます。長い間ほんとうにお世話になりま した、といつかお会いしてお伝えしたいと思いました。 1月31日(火) やはり風邪で、一日ダウンしていました。 1月30日(月) 昨日から喉の調子がヒリヒリした感じでおかしいと思っていたら、今朝起きてみると声が かすれています。なんだか風邪の予兆のようです。去年のちょうど3月から4月にかけて 風邪をひいたときに薬に頼って体調を崩し、後々までひびかせてしまったという反省があ ります。今回はそのようなことにならないよう、早めに身体を休めることにいたします。 1月29日(日) ポーランドの大きな展示場の屋根が雪の重みのために崩れ落ちて、たくさんの死傷者が出 たとTVのニュース番組で報道していました。なんでも事故があった建物は、ハトの品評 会が催されていた会場で、大勢の人が集まっていたらしく、崩れた屋根の下敷きになって まだ救助されていない人もいるようです。現地は気温がマイナス15℃にもなるというこ とで、救助もなかなか思うようにはかどらないとニュースでは伝えていました。マイナス 15℃! 全く想像が出来ない世界です。ほんとうにこの冬は雪による事故が多いこと! 痛ましいかぎりです。 1月28日(土) 「昨日の今日」という感じですが、今日の研究科のレッスンに信哉君が現われました。信 ちゃんは3才からレッスンに通ってきていましたが、来年に控える大学受験のために、こ の12月いっぱいで一時お休みすることにしたのでした。受験に全力で取り組んでいって ほしいという思いと、やはり自分の持つ選択肢を大事にしてほしいという思い、それから 単純に、たまには身体を動かしてほしいという気持ちから、時間に余裕がある時はいつで もレッスンをしに来なさいとわたしは提案したのでした。5週間ぶり(そんなに経ってい るとは!)に元気そうな信ちゃんに会えて、わたしはもちろん、みんなもとても楽しそう でした。信ちゃんは……といえば、まるで「水を得た魚」のようでした。 1月27日(金) 夜の研究クラスのレッスンに中学生の香葉ちゃんと高校生の文音が参加しました。香葉子 は剣道部の試合のため、文音はバド部の部活で、二人とも明日のレッスンに出られないた めです。いつもとは少々勝手が違いながらも、それぞれが真面目に(ふだんよりも?)い きいきと動いていました。大人の人たちも闖入者をあたたかく迎え入れてくれたのですが、 逆に、中高生たちのパワーの影響あってか、ジャンプが高く感じられました。お互い、時 々はこうしてクラスの行き来があるのもよい刺戟になるのかもしれません。 中学生や高校生になると部活やら試験やらあるいは受験に向けての勉強のために、なかな か毎週休まずにレッスンに通うことがむずかしくなるのは、いつの時代も同じです。だか らといって、いままで続けてきたものを簡単に(もちろん簡単では決してないにしても) やめてしまうということは、とてももったいないことと思います。わたしにももちろん、 そういう時期が何度かありましたが、出来ないときは出来ないながらも出来るやりかたで やっていくということが、とても大切なことなのだと思います。ですから今日のように、 他のクラスに参加することは、わたしは大いに歓迎しようと思っています。そうやって乗 り越えていってほしいのです。自分の中にある可能性を大事にしてほしいと思うのです。 「使い捨て」のものが氾濫しているいまの世の中であるからこそ、二者択一を早急にはし てほしくないと考えます。 1月26日(木) 冴え渡る冬の青空に枝を伸ばす柿の木にたくさんの鳥たちがやって来ています。それぞれ が忙しそうに枝から枝へ飛び移って、その先端にぶらさがるいくつかの柿の実を次々につ いばんでいるのです。集まってくる鳥の数に比べて実はもうわずかしか残ってないので、 どの鳥もちょっとつついちゃ別の鳥に場所をとられています。既に食べ尽くされてへたと 皮だけが枝先にぶらさがって、陽の光を浴びて光っています。今日は特にスズメ、メジロ のほか、名前も知らない大きめの鳥も飛んできては騒いでいます。それというのも、以前 柿の実を採ったときに7〜8個実がついた枝を下ろして玄関に飾っておいたのですが、そ れがもうぶよぶよになったので鳥たちにあげようということになり、柿の木の枝分かれし た太い幹に昨晩ひっかけておいたからなのでした。警戒しながらも飛んできては食べ、も う半分ほどなくなっています。それはそれでいいのですが、大事にしているベランダのロ ウバイの蕾もほとんどなくなっています。それまでは食べないでほしいものです。……無 理か。 1月25日(水) 連日の寒さが少しやわらいだかのような朝でした。午後になって「ラミヤータ」のカレー が無性に食べたくなったので出かけて行きました。店の重い引き戸を開けた瞬間の、あの たくさんのスパイスの入り混じったカレーの香りと湿りけ、ちょうど高校の文化祭の調理 室前を通った時のようでした。幸せな気分に包まれて席に着いたわたしたちは、迷うこと なくチキンカレー(オリジナルの辛さ)に、お腹がとてもすいていたので揚げタマゴのト ッピングなどもお願いしました。一口いただくと、食べたかったあの味が口の中にひろが っていきます。話しもせずに一心に食べていくと、だんだん辛さが重なって、……けっこ う辛い! ふと横を見ると、隣の夫は顔中汗だくです。「セーターを脱いでいただいたら ?」と思わず言ってしまいました。きれいにたいらげて一息ついていると、夫はそそくさ とセーターを着だしました。曰く「寒い時はやっぱりカレーはいかんね」……たしか一週 間ほど前にここに来た時もそんなことを言ったような……でもまたこの味、食べたくなる のです。きっとまた一週間くらいして同じ場面の中に身を置いていることでしょう。 1月24日(火) とにかく寒いですね。空は清々しく真っ青に晴れ渡っていますが、吹きつける風のなんと も冷たいこと! わが家のネコ、タマオとケムリはガラス越しに射す陽のあたる座布団に 身を寄せ合って、動こうともしません。そんな中、階下のスタジオは、お昼から夜まで身 体を動かしに来る人で賑やかです。 1月23日(月) 一昨日の雪が溶け切らずそのまま凍りついてしまったところがあります。あるいは昨日の 晴天で溶かされた水たまりが凍ってしまったところも。わが家の隣の母のマンションの非 常階段にもそういう場所がそこここにあるので、夫は金づちを持って氷を砕きにかかりま した。店子さんが氷で足を滑らせては大変ですから。雪に慣れない東京の人間にとっては これっぽっちの雪の後始末にも手を焼くものです。 夜、NHKスペシャル(再放送)で、このお正月に豪雪に見舞われた新潟県の山里を放映 していました。つもり積もった雪のために外にも出られないばかりか、雪に覆われて窓か らの陽の光も遮られて、真っ暗な部屋に寝起きするおばあさんがいました。84才の腰の 曲がったこのおばあさんは、隣村の青年が雪下ろしに来てくれたことを「おかげでようや くお天道さまの光がさしました。ありがたいことです」と顔をくしゃくしゃにして喜んで いました。もう一人の81才のおばあさんはとても気丈な人で、自分でどんどん雪掻きを しています。その日、村ではお正月の松飾りなどを一緒に焚くという古くからの神事が行 われるために、おばあさんはお飾りを手に出かけて行き、暮れ以来初めて顔を合わせた近 所の人たちと新年の挨拶を交わしていました。リポーターの「この冬は大変な雪ですね」 の問いに対して「この村に生まれ育って生活しとるからに、この村捨てて出ていくわけに はいけん。ここに住むからには雪とつき合うていかねばならん。ひとの手に頼ってばかり はおれんから、自分で雪に向き合っていくしかないのです。」と言い放った毅然としたお ばあさんの態度は立派だと思いました。 ところで、今日の朝日新聞の朝刊で「救助に専念を自衛隊に望む」という「声」欄の投稿 を見つけました。61才の主婦の人ですが、以前同紙に掲載された川柳「迷彩服よりも防 寒着よく似合い」への共感から「自衛隊を、武力による問題解決を担う組織から、人命救 助を担う組織に一本化することを強く希望する」との主張でした。まさにそのとおりだと 思いました。さっさとイラクから帰ってきて、豪雪に苦しむ日本人民を助けてこそ、その 存在感もどうにかこうにか見出されるというものです。 1月22日(日) 「白バラの祈り ゾフィー・ショル、最期の日々」という映画が1月28日(土)から公 開されます。ヒトラーの独裁政権下にあった反ファシズムの抵抗運動を描いた映画だとい うことですが、なんとも恥ずかしいことに、わたしはその運動の存在すら知りませんでし た。ヒステリックな先導者の暴政に対して、ユダヤ人や共産主義者の立場からではない抵 抗も当然あったであろうことは想像に難くありません。なにせ、哲学的、文学的、芸術的 にあれほど優れたものを創り上げた、あのドイツ人なのですから。ドイツでは、学校教育 において、教師は若い世代に「君たちに戦争の責任はないが、二度と戦争を起こさないた めに、君たちには『知る責任』がある」と教え、強制収容所の見学が義務づけられている ほか、国の恥部ともいえるナチスの批判を外国の学生用の教科書に採用しているというこ と(池田理代子氏が語る)です。南京虐殺や従軍慰安婦など存在しなかったかのように歴 史の捏造に一生懸命になっているどこかの国とは、天と地ほどの差ですよね。恥部を覆い 隠して、なんで誇りなど持てましょうか! この映画の新聞広告は、朝日新聞社広告局の企画・制作ですが、あの「男たちの大和」の アナクロ・ナショナリズムを煽る新聞広告もこちらの制作でした。これはいったいなんな んでしょうか。 「白バラの祈り」は必ず観に行きます。 1月21日(土) 深夜からやはり雪になり、朝7時頃にはかなり本格的に降ってきました。今日は娘の学校 で保護者会がある予定でしたが、それも早々と中止の連絡が入りました。天気予報では夕 方すぎまで雪は降り続くということです。お稽古はお休みにしました。 1月20日(金) 新国立の舞台でお世話になった山名さんのお宅で新年会がありました。何度も電車を乗り 換えて西調布はとても遠く感じました。今日は最高気温も5℃とかでとても寒いのですが、 調布の方はそれよりさらに1〜2℃低いのではと思われました。明日は都心でも雪が降る そうです。 1月19日(木) 今年は杉花粉の飛散量が去年の十分の一だということをTVニュースで報道していました。 これから5月の連休前くらいまで悩まされるわたしにとって、それはとてもありがたいこ とです。 1月18日(水) レッスンが終わってそれから食事をとると、その後のひととき、猛烈に眠くなります。今 日も早く片付けてお米を研いでしまおうと考えながら、うたた寝をしてしまいました。そ の耳に深夜のTVニュースが聞こえてきます。「……フランスの往年のスター、アラン・ ドロンが今夜パリの自宅で亡くなりました。68才でした。……」 !えっ?!! あぁ、 ついにアラン・ドロンも死んでしまったんだわ。そういえばこのあいだ偶然つけたBSの 映画に引退した刑事役で出ていたけれど、すっかりおじいさんになっていたっけ……と。 でも亡くなったというのはわたしの夢の中での話だったのです。 1月17日(火) なかなか咲かないなぁと思っていた屋上の冬咲きクレマチスがようやく咲きだしました。 やはりこの冬の寒さが開花を遅らせたのでしょうか。 1月16日(月) 今日は珍しく気温が上がった一日だったので、朝もいくらか楽でした。けれど渋谷まで買 い物に出た帰りは汗だくになってしまいました。この温度差やデパートや電車の中と外気 の差が風邪をひくもとになるのでしょうね。用心しなければいけません。 1月15日(日) NHKの「爆笑オンエアバトル」という番組に井上マーという芸人が出演していました。 尾崎豊になりきったようなスタイルでスタンドマイクを片手に「俺たちは自由がほしいん だ!」と叫ぶこの吉本のピン芸人に今、傾倒しています。見終わってから入ったお風呂の 中で、文音とまたそのおかしかったネタを言い合っていました。そして、尾崎豊の唄に関 して全く無知なわたしに文音がいくつか教えてくれた時、「幕下二分の一」というタイト ルが耳に入りました。「『幕下二分の一』?すごい唄だね!半人前のお相撲さんが青春を かけて頑張るっていう唄?」……返事がありません。身体を洗う手を止めて娘の方を見る となんとも呆れた顔をしています。「そんなこというと尾崎ファンに怒られるよ、ママ!」 ……「幕下二分の一」ではなく、「なくした二分の一」だったのです。 1月14日(土) 朝から小雨がしとしと降りました。乾燥しきっているところに久しぶりのおしめりと思い きや、夕方になって雷は鳴るや地震はあるは…で、なんだか落ち着かない気分でした。で も元気に多くの子どもたちが出席、一生懸命な顔で頑張りました。こちらもついつい力が 入り、気づいたときは終わりの時間をすっかり過ぎてしまいました。 1月13日(金) 昨日より更に寒い一日でした。……にもかかわらず、ベランダの鉢からフジの蔓に絡み上 へ上へとのびていったマダガスカルジャスミンは未だ健在です。 1月12日(木) 今日も一日寒かったですね。こんな日は鍋とかシチューとかうどんとか温かいものが食べ たくなります。そういえば、先日大井町駅の向こう側のすずらん通りにある「ラミヤータ」 というカレー屋さんに行った時も今日のように寒い日でした。冷たい風に手も足先も冷え きって、ガラリとその店の引き戸を開けて入ったときは、湯気とカレーの香りで満ちた暖 かさがまるで「楽園」のように感じられました。わたしがいただいたスープカレーも、夫 のチキンカレーも「辛さ」が何段階かあるのですが、迷わずいちばん辛くない「オリジナ ル」でお願いしました。それでもけっこう辛くて、夫はとなりでセーターを脱ぎ、しきり と汗を拭っていました。とっても美味しくて、かなりのボリュームでしたが全部たいらげ ました。問題はそこからです。お腹も満たされ、ホットな辛さに汗かいて店を出たわたし たちでしたが、歩いているうちにすぐにまた寒さを感じたのです。そういえば暑い夏に熱 いラーメンや辛いものを汗をかきかき食べたあと涼しさを感じるときがありますよね。木 枯らしのなかのカレーは逆効果なのかもしれません。でもあの味はまた食べたくなる味で す。夫曰く、一に百軒店の「ムルギー」のタマゴ入り、二に「アジャンタ」のキーママタ ール、三にこの「ラミヤータ」のチキンカレーなのだそうです。 1月11日(水) 今年の冬はほんとうに寒いです。名古屋では53年ぶり(!?)に大雪が降ったなどと聞 くし、各地で豪雪のために大変なことにもなっています。この辺りでもまだ雪は降らない までもとにかく風が冷たくて、冷蔵庫の中を歩いているような気さえすることがあります。 うちの柿の木にはいくつか鳥たちのために残した実が朱色に熟していますが、それを目当 てに今日もたくさんの鳥たちが集まってきています。可愛らしいメジロが番(つがい)で 実をつついていたら、スズメが何羽かでやってきて「どけどけ!」と言わんばかりにその 場を占領しだしました。……と、そこにさらに大きなカケスでしょうかシジュウカラでし ょうか、きたならしい色合いの鳥が騒いでその座を奪っています。そしてそれらの様子を ガラス一枚隔てた部屋から目を凝らしているのは……もちろんタマオとケムリです。 1月10日(火) 掃除機を新調しました。いままで使っていたものは5年前、ここを建て直したときに購入 しました。その時はわが家のこの手すりのないコンクリートの階段を掃除するということ がまず頭のなかにあったので「小回りの利く、とにかく軽いもの」という条件を第一に選 びました。それが先週の土曜日、スタジオを掃除していたら、なんだか吸い込み口の真ん 中の向きを変えるちょうつがいのようなところが回らなくなったと思ったのと同時に部品 がパリンと割れて出てきてしまったのでした。今度のはふたまわりほど大きく(ゆえにそ の分だけ重く)強い吸塵力で、なんといっても犬や猫の毛に対応できるというものです。 実際に使ってみると、本当にいままでなかなかとれなかった、座布団についた猫の毛がと れていきます。その性能のよさに思わず嬉しくなってしまいました。そういえば売り場の 店員さん曰く、掃除機はいまどんどん改良されて毎年新しい製品が出ているのだそうです。 2006年1月9日(月・成人の日) ご無沙汰しておりました。いただいたお年賀状、お年賀メールの中に多くの友人、知人そ して文音の友だちまでもから「日記が9月まででストップしている」とのご指摘を受け、 そんなに経ってしまっていたのかとあらためて思いました。反省とともに、また新たな気 持ちで書き留めていこうと思います。 昨年後半3ヶ月はやはり暮れの新国立劇場の舞台に向けて忙しい日々でした。自分の踊り ・舞台についての反省は数多くあるとはいえ、本当にたくさんの方が観に来てくださり、 それぞれの思いを伝えてくださって、それだけでも嬉しくありがたく感じました。 お正月は毎年のことながら年賀状の作成に終始しましたが、一本だけ映画を観に行きまし た。「ALWAYS 三丁目の夕陽」です。東京タワーがまさに造られていく過程の界隈を舞台 に繰り広げられる人々の生活は、同時代を生きたわたしにとって人ごとではなく、ちりば められたエピソードのひとつひとつがわたし自身の思い出をさまざまに呼び起こしました。 何度も泣いてしまいました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ながらく、本当にながらくアップロードをさぼっておりましたが、「日記」再開いたしま した。こんな「日記」でも楽しみにしてくださっている方がいらっしゃることに励まされ ます。                           (2006年1月9日) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 9月29日(木) ぬけるような青空、暑いくらいの陽気、でも湿度が低く爽やかでした。リハーサルのため に行った参宮橋のオリンピック青少年センターでは、さまざまな年齢の人たちが集ってい ていろいろな活動をしていました。中庭のベンチでお弁当を食べていたりして、ちょっと のどかな風景でした。渋谷で用を足してから家路につくと、TVの前には阪神タイガース のユニフォームにタオルを首に巻き、虎の耳付きのカチューシャをしたわが娘がおりまし た。もちろん、手には応援バットを持って一打の度に歓声をあげています。果たして今宵、 阪神タイガースは2年ぶりの優勝で、それから夜半まで文音は大騒ぎでした。 9月28日(水) 右くるぶしの治療に行ったところ、だいぶよくなってきたとのことでした。もとはといえ ば、3月から4月にかけての風邪が原因の故障、治るのになんと半年かかってしまいまし た(まだ完治ではないし……)。これから、また寒い季節に向かっていきます。気をつけ なければ……。風邪だなどとバカにできないとつくづく思いました。 9月27日(火) 昼間、高田馬場でのリハーサルへ行き、夜は山元美代子さんのリサイタルを新宿のスペー ス・ゼロへ観に行きました。山元さんは本当に真面目な方で、踊り・作品・身体に対して の彼女の真摯な姿勢が観ていて伝わってきました。大急ぎの帰り道、文音にヴェルガモッ トのハーブオイル(入浴用)を土産に買いました。 9月26日(月) わたしがこの家にやって来て今日でまる18年になります。結婚式、披露宴を予定していた その日はなんと、朝からどしゃぶりの雨でした。その雨たるやすごいのです。バケツをひ っくり返したようなとはこのことだと思いました。結局、夕方には雨も上がり夕陽が顔を 出したのですが、式やら披露宴に来ていただいたお客さまには本当に大変な思いをさせて しまったと、今でも思います。それまで子どもの頃から運動会や遠足と、まず行事が雨で 中止になった覚えのないわたしは、何か尋常でない行く末を感じていたのでした(!?)。 9月25日(日) イタリア映画「刑事」のDVDを観ました。監督のピエトロ・ジェルミが主役の刑事に扮し、 殺人事件の真相を追求していくストーリーなのですが、事件の陰に見え隠れする若い家政 婦役のクラウディナ・カルディナーレが美しく、一途で薄幸そうな女性を演じていました。 この映画はわたしも観たことがなかったのですが、ここに流れる音楽がわたしにとっては 非常に懐かしいものなのです。ちょうどわたしが3才くらいだったでしょうか、遊びに行 った伯父の家でこの曲を聴いて、いっぺんに好きになってしまったのです。それからとい うもの伯父の家に行く度にわたしはこの曲♪アモーレ・アモーレ・アモーレ、アモレ・ミ オ♪を何度も何度もかけてとせがみ、家に帰れば帰るで大きな声で♪アモーレ、アモーレ ♪と唄っていたようです(父はそれを嫌がりましたが……)。前々から観たいと思ってい た映画なのでした。 9月24日(土) 台風の影響で今日は朝からお天気が悪く、運動会の予定だったところも延期になったよう です。お兄ちゃんやお姉ちゃんが運動会のためにお休みと言われていた子どもたちも何人 かいたのですが、予定変更でレッスンに来ることができました。おかげで幼児クラスはい つものように賑やかでした。 9月23日(金) 帰宅してたまたまつけたTVで二重体児の分離手術のシーンをやっていました。物体の骨 格をうかびあがらせることができる医療機器の発明によってその手術ができたこと、そし てそれが成功したことを伝えていました。現在、11才に育ったその姉妹は元気に自分の身 体を工夫し、発達させて力強く明るく生きていました。彼女たちは水泳が得意で、トラン ポリンが大好きだそうです。その姿には暗さは微塵も感じられませんでした。一緒にそれ を観ていた悩み多き高校一年生の娘にわたしは言いました。「この二人をみてごらん、こ の力強さはすごいよね、この子たちの克服してきたことに比べてあなたの悩んでいること はなんてちっちゃなことだ…なんて決して言わないよ。いまのあなたにとってそれは最大 の問題であることは確かなのだから。でも、この姉妹たちの逞しさに触れたら、自分はど んなことでもできるんだという勇気をもらえるんじゃない?」と。娘はたしかに心に何か を刻んだようでした。そしてまたわたしは、手術を成功させた医師たちのうちの一人が言 っていたことを思い出しました。「手術を成功させるためには、そのやるべき時期を選ぶ ことが重要です。できるからいつでもやっていいということではありません。」まさにそ うだと思いました。最近わたしも感じることは、子どもをとりまく大人たち(まずは親) が、あまりに結果を早く求めたがること。それが早ければ早いほど喜ぶということです。 早教育などはその典型です。幼い子どもに英語やバイオリンを教えこむのは、親の劣等感 と自己満足の表われ以外の何ものでもありません。何ができるかで子どもを見るよりも、 何をやろうとしているかを見てそれに導いてやることが必要なのだと思います。あたりま えの想像力を持ち合わせている親ならば、自分の子どもがいま何をすることがいちばん大 切なのかがわかるはずだとわたしは考えます。いくら3分でカップラーメンが食べられる 時代だからといってなんでも早けりゃいいとは限らないのですよ。 9月22日(木) 12月21日(水)に初台の新国立劇場小ホールにて友人の山名たみえさんがリサイタル をなさいますが、依頼があり、わたしもその作品に出演することになりました。数週間前 よりリハーサルのために参宮橋のオリンピック青少年センターへ通っています。むかしは それこそいくつもの舞台をかけ持ちでリハーサルからリハーサルへと食事の時間もなくて 電車の中でサンドイッチを食べたようなこともありましたが、いまとなってはそんなこと も懐かしい思い出です。それはともかく、せっかく与えられた舞台、新しい人との出会い、 作品との出会いに感謝して、そしてなによりも日々勉強! わたしを通してわたしが教え る生徒たちにその成果を還元できますようにそれらを大切にしていきたいと思っています。 9月21日(水) 昨日がお彼岸の入りでした。昨日、ゼームス坂下の天竜寺というお寺さんの安藤家のお墓 参りに行ったのですが、今日は母と四谷にある実家の方のお墓へお参りに行きました。久 しぶりに一緒に出かけて母もずいぶん小さくなったなあと感じました。その身体のわりに は大きく節くれだったしみだらけの手をながめていたら、こどもの頃友だちの家へ泊まり に行ったり旅行へ行ったりした時に、帰りの電車の中で必ずといっていいほど早く母の待 つ家に帰りたいと思ったことを思いだしました。いつまでも元気でいてほしいものです。 9月20日(火) ベランダのトサミズキのまあるい葉が勢いよく茂っています。洗濯物を干す時に裾がいつ もひっかかるので夫が鉢の向きを変えてくれるというのですが、そこにはクレマチスの蔓 が絡みついていて容易にはできそうにありません。一方、ヤマフジの蔓には一昨年購入し たマダガスカルジャスミンが絡みついて、ちょっと目をはなしたすきに勢いよく上へ上へ とのびてしまったため、この先寒くなってから鉢を家の中に入れることができなくなって しまいました。いまの暖かさが一年中の陽気ではないのですよ、ジャスミン君! 9月19日(月) 日中の気温が30度を越す蒸し暑い日が続きます。昼間、文音と大森に行った帰り道、池 上通りを歩いていたら清夏ちゃんと怜夏ちゃん姉妹とお父さんに会いました。ところが二 人とも少しぼんやりとしている様子です。そしてお父さんに「順子先生だよ」と言われて、 少したって「ああ」という感じにニコッとしてくれました。やはり、お医者さんが白衣を 着ているように、魚屋さんがゴム引きの前掛けをしているように、バレエの先生はレオタ ード姿でなければピンとこないのでしょうね。 9月18日(日) 連休のせいか、街が少し静かに感じます。文音に誘われて、ひさしぶりに近くの銭湯「す えひろ湯」へ行きました。ここには7種類のお風呂があります。サウナには今日は入りま せんでしたが、ミクロバイブラ(細かい泡が出るお風呂)や電気風呂、寝風呂、座風呂、 薬風呂に水風呂と6種類のお風呂を堪能しました。文音が小さい頃はよく行ったので、会 う方、会う方に「大きくなったわねえ…」と言われました。やはり大きなお風呂って気持 ちいいですね! 9月17日(土) 夏のあいだ、今日から再開しよう、明日から再開しようと思いながら日を重ねてしまいま した。今日から、また少しずつ、通り過ぎてしまうと何でもなくなってしまうような小さ なことに目を向けながら、記していこうと思います。 夏休み気分もようやくぬけて、幼児クラスは元気いっぱいです。みんなそれぞれに背も高 くなって、この季節はほんとうにいつも子どもの成長を感じるときでもあります。いま、 このクラスは「5匹の子豚とチャールストン」に挑戦(?)しているのですが、今日もレ ッスンのさいごにその最初の用意をさせたところ、何となくみんなの位置が右寄りなので すね。わたしが真ん中に位置してポーズをとっていても、全体がずれているのです。わた しが「あれ、みんなそっちに寄りすぎてるね。もうすこしこっち、真ん中にこようね。」 と呼びかけてもだあれも動こうとはしません。そればかりか、いままでこちらに位置して いた子までが端へいこうとするのです。「あっ」と思いました。「5匹の…」では、さい しょすわったポーズから立ち上がって踊りに入る前、いちばん右の子どもが先頭になって お尻をキュッとつきだすところがあるのですが、みんなその「先頭さん」になりたくてい ちばん右端に座ろうと、右へ右へとずれていったのでした。なんとも可愛いと思いました。 いちばん小さな香乃ちゃんまでが「先頭さん」をやりたいというのです。それなら…と、 わたしはやりたい子ひとりひとりが一回ずつ先頭になるよう6回くり返してやってみまし た。みんな自分の番がくると、はりきって嬉しそうに先頭になっています。いまは発表会 などでせかされていることもないので、そういう時はこんな子どもたちの「意欲」にも対 応してあげられるのですね。思わず嬉しくなったひとときでした。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ながらくアップロードをさぼっておりましたが、「日記」再開いたしました。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 8月1日(月) 今日から8月。一年の三分の二が過ぎてしまったと思うと、本当にあわただしさを感じる ばかりです。また8月は自分の誕生月でもあるため、なにか「境い」のようなものを感じ ずにはいられません。子どもの頃も、学校の終業式がすぎたあたりでは宿題なども7月中 に終らせて…などとはりきっているものの、8月に入ると早い早い。「まだある」と思っ ていた夏休みもあっという間に終盤を迎え、高校野球の決勝戦が終る頃にはまだ終わって いない「読後感想文」と「自由課題」のことが気になりだしてくる…ことがあったような 気がします。  今日の昼のレッスンはこの夏いちばんの暑さだったように感じられました。あまりの暑さ に後半、クーラーをつけてしまったほどでした。一方、文音はこの暑さの中を浴衣を着て 神宮の花火大会へ出かけて行きました。 7月31日(日) 陽ざしがなんともじりじりと強く感じられます。わが家のリビングは南面がすべてガラス 張りです。そのため、建った当時は太陽が一日移動していくのがわかるほどでした。それ が2年前、お隣に9階建てのマンションが建ってからは、太陽の位置が低い冬は日中の3 時間くらいしか陽が射さなくなりました。ところが、ところが、夏は違うのですよね。高 い所にいる太陽からはばっちり日光がいただけるのです。おまけにわが家は二階建て。高 い建物からの反射熱でそれはそれは暑くなって、備え付けのクーラーはつけてもなんの足 しにもならないというありさまです。僅かな助けは庭の柿の木とそれにぴったりと寄り添 って伸びるゴムの木です。最近ではどちらもわが家の屋根を越えるほどの高さに成長して、 「ひかげ」をつくってくれるのです。つくづく自然のめぐみはありがたい!と思います。 今日、今年初めてのみんみん蝉の声を聞きました。 7月30日(土) 「うだるような暑さ」とはこのこと!というような蒸し暑さでした。毛皮をまとった猫た ち、さぞやぐったりしているだろうと探すと、タマオはクーラーのついている文音の部屋 へ避難。ケムリはコンクリートの階段に大きな身体を横たえて寝ていました。上から二段 めと三段めを時間をかえて行き来。知っているのですね、少しでもひやっとした場所を。 この26日でタマオとケムリは満8歳になりました(このこたち兄弟…姉・弟と思ってい ますがわたしは…なのです!)。 7月29日(金) 今日は夫の高校時代からの親友だった鈴木雄一さん、そしてわたしの実家の父の命日です。 夫は三浦海岸にある鈴木さんのお墓参りに、わたしは実家の母と父の方へお参りに行く予 定だったのですが、昨日から母が体調を崩しそれでは日をあらためましょうということに なり、わたしも夫に同行することにしました。ちょうど一年前の今日は台風が来ていた時 で、激しい雨に傘をさしていても全身びっしょりになってしまったことを記憶しています。 今年はといえば、ものすごい暑さ! 汗でやはり全身がびっしょりでした。海の見える小 高い霊園には何組かの家族連れがお参りをしていました。夫は丁寧に墓石を洗い、大井町 から持って行ったバラの花とグラスにワインをそそいでお供えしました。海風がけっこう 強くてマッチを全部使わなくてはお線香に火が点きませんでした。帰り際、ずんぐりとし たまあるい墓石に目がとまりました。変わった形の墓石だなと思ってよく見てみると、福 助さんが深々とお辞儀をしているのです。そしてその脇には「お参りしてくれて、ありが とう」という文字が彫られてありました。亡くなった人の「遺言」でしょうか。それとも 家族の配慮でしょうか。どちらにしても、何かほのぼのとしたあたたかさを感じました。 そういえば去年は人っ子一人いなかった行き帰りの海岸も、海水浴の人たちでいっぱいで した。 7月28日(木) 車を運転していて、例えば食事をしようとか買い物をしようと思った時は、まず駐車場の ことを考えます。ですから「素敵な珈琲屋さんだな…」と思ってもその周辺に駐車場がな さそうな場合、立ち寄るということはまず不可能です。そこここにあるファミリーレスト ランというものは決して「美味しいもの」を食べに行くところではありませんが、そうい う点からいえば便利なものです。つい先日、トレーニングの帰り道に立ち寄った「D」で のこと。「遅い昼食を……」と思って行ったのですが、店内はほぼ満席状態。暫く待って 案内された禁煙席でした。家族連れ、中年の女性グループ、高校生の女の子たちなどに混 じって「ヤンママ」とでも呼びたいような「お母さん」たちがそれぞれの子ども(幼稚園 児?)を引き連れて我が物顔に二つの席を行き来していて非常にやかましかったのです。 泣きだす子どもや店内を走り回る子ども、話に夢中の母親たち。呆れて見ていましたが、 最低なことには、レジ前のおもちゃを勝手に掴み持ち帰り、「買ってえ、買ってえ」と喚 きねだる子どもたちの浅ましさときたら! それ以上にお粗末なのが、話に夢中の母親た ちです。その代金も払っていないおもちゃで遊んでいる子どもを叱りもせず、勝手放題に させてそのままなのです。親になれない人が親になっているような気がしました。合掌。 7月27日(水) 夕方JRが信号故障のために止まってしまいました。その影響で大人のクラスの何人かの 人が足止めをくらってしまいました。それにもめげずに埼京線や京浜急行、バスなどを使 って辿り着いてくれました。きょうは確かお昼頃にもJR京浜東北線は止まっていたはず です。最近JRはよく止まってくれますね。 7月26日(火) 台風7号の接近で時折強い風雨となっています。聞けば、これほど本土にまっすぐに上陸 する進路をもった台風は珍しいそうです。合宿先の娘も心配ですが、あちらよりはこっち の方が影響が強いかもしれません。 7月25日(月) 文音がバド部の合宿で山中湖へ出かけて行きました。思えば、この時期は娘はいつでも「 合宿」です。幼稚園の年長クラスの時には湯檜曽へなんと!三泊四日の合宿に行ったのを はじめ、小学校では1年生から6年間毎年ありましたし(6年生は多摩川上流で五泊六日 のキャンプ)、中学では「館山水泳合宿」という全校揃っての行事があって、1年生は3 キロ、2年生は6キロの距離を完泳し、さらに3年生で検定を受けて下級生の指導員にな るという道のりを経てきたのでした。そしていつも変わらないのは、持っていくお弁当で す。鮭と梅干しの大葉が巻いてあるおにぎりとパリパリ海苔(と言って海苔を別にラップ でくるんで持っていき、食べる時に巻くのです)、トリのから揚げに玉子焼きとお新香で す。いつだったか、わたしが海苔を持たせるのを忘れて、帰ってから文句を言われたこと があります。今日もそのお弁当(海苔を確認して)を携えて出かけました。違うといえば、 何故かおにぎりの数が去年までは三つだったのが今年は二つでいいということです。 7月24日(日) バドミントン部の合宿に明日から出かける文音とボトル型の水筒を買いに東急ハンズへ行 きました。夏休みに突入したこともあってか、ハンズのアウトドア用品の売り場は人でご ったがえしていました。その後、百軒店の「麗郷」へ行き、ピータン、腸詰め、シジミ、 空芯菜炒め、豚耳、それにビーフン炒めを食べました。文音のよく食べたこと! 7月23日(土) 4時35分頃大きな揺れを感じました。まだ幼児クラスが終っておらず、お母さんたちも 慌てていましたが泣きだす子どももいなく、そのままレッスンを続けました。後で23区 は震度5弱と聞いてびっくり! 京浜東北線などが止まり、研究クラスの生徒の何人かは 途中の駅で立ち往生。結局家に戻ることにさせました。来ている生徒だけでレッスンをし ました。帰るときになってようやく電車も動きだしたようでしたが、流れが読めないこと と混雑していることを考えて、新横浜から通っている夏ちゃんを車で送っていきました。 特に道路の混雑はなかったものの、やはりうちから1時間くらいかかったでしょうか。夏 ちゃんいわく、今日は競技場で「ゆず」のコンサートがあるから何もなくても帰りは大変 でしたと。なるほど、彼女を無事降ろして帰路につき新横浜駅近くを通ったら、歩道は人、 人、人であふれるようでした。 7月22日(金) 今日は少々涼しい一日でした。この頃はもっぱら洗濯物をベランダに干しているのですが、 最近鉢植えの蔓バラが勢いよく伸びてきているために、その棘が洗濯物にひっかかります。 時には干したり取り込んだりするわたしの足にひっかかるのです。今日もたくさんの乾い たものを抱えたまま、パンツ(下着に非ず)のすそにひっかかった棘と格闘しているわた しを横目に、二匹の猫どもはぐったりとしていました。どうも暑さの中の急な涼しさゆえ らしいのです。老境に入ってきたのでしょうか、タマオとケムリ、もうじき満8歳です。 7月21日(木) 今年3月から4〜5月にかけて風邪やらアレルギーでの体調の悪さに加えて睡眠不足から 右半身が調子悪く、なかなか治りません。「年齢には勝てない」という言葉は使いたくあ りませんが、寝不足は決してばかにはできないとつくづく思いました。身体をもっといた わってやらないと……長持ちしませんね。 7月20日(水) 今日は午後に文音の学校の保護者会があり、行ってきました。終ったのは5時を少し過ぎ たころでしたが、子どもたちが「外苑祭」の練習をしているとのことで少し覗いていこう と誘われ、絵画館前に廻ってみました。結局、なかなか始まらないので夜のクラスに遅れ ないよう帰ってきてしまったのですが、帰り道地下鉄「外苑前」までの道のりの様変わり に驚きました。今日は神宮球場で「ヤクルト対巨人戦」のナイターがあったのです。道の いたるところには屋台の店がならび、いつもは静かなたたずまいのコーヒー屋さん、レス トラン、カレー屋さんにいたるまでが歩道に店を広げて缶ビールや枝豆、焼きそばなどを 並べてナイターに向かうお客に声を枯らして売っていました。人ごみに逆流するようなか たちで汗だくになってやっと駅に辿り着きました。 7月19日(火) プジョーのペッパーミルを買いました。最初に買ったのは結婚したときで、それは案外高 性能だったのですが、店のイベントかなにかでどこかへ持っていったときに置いてきてし まったようでなくしてしまいました。その後2回買い換えて、1本は店でもう1本は自宅 で使っていました(どれもプジョーのです)がそれが別々のところで買ったものの、どち らも全くの「はずれ」だったのです。とくに自宅の方のはセラミックの透けて中のコショ ーが見えるタイプで、デザインはおしゃれなもののミルの手応えが全然感じられないよう な代物で、よほど買った店に持っていって文句を言おうか…とも考えましたが、わたしの まわし方がいけないのではないかとか、コショーの入れ方が悪いのではないかと思うとい ま一つ踏み出せずに、いつもイライラしながらミルをまわしていました。それをこの度で すね、やっと新しいものに買い換えたのですね(映画「ゆきゆきて神軍」の奥崎謙三の口 調で)。買って使ってみて思いました。どうしてもっと早くに買い換えなかったのか!と。 7月18日(月) 今日は「海の日」ということで祝日です。いつからでしょうか、この「海の日」というも のが制定されたのは。元旦はともかく、どうもこの国民の祝日というものはなんのために 決められたのかよくわかりません。子どもの頃は「学校がお休み」ということでなんだか 嬉しかった(決して特別に学校嫌いだったわけではありません)のですが、いまとなって は「特別の日」の感覚もうすく、まして「国を挙げてお祝いする日」という意識はほとん どありません。日本は労働時間が多いです。どんな職業にしても残業するのがあたりまえ の社会です。労働時間を短縮するという根本的な問題解決への努力をせずに、成り立ちか らして曖昧な「祝日」を増やすというのは本末転倒のような気がします。もっといえば、 この「祝日」なるものが、ピラミッドの石を運ぶ奴隷労働者に配られたニンニクとビール のような役割を果たしているのでは、などとつい考えてしまいます。 ちなみに進学指導重点校に指定されている都立高校に通ううちの娘は今日、全校生そろっ て受験産業大手の河合塾の模擬試験を学校で受けるために登校しました。 7月17日(日) 安藤の父の命日なのでお墓参りに行きました。父は50代の時に胃癌で手術をしたために わたしがこの家に来たときにはすでに一人前の量の食事ができないからだでしたが、とて も元気でした。癌の再発がわかったのは文音が幼稚園のときだったと記憶しています。感 情をストレートには出さず、なかなかむずかしい人ではありましたけれど、なぜかわたし の記憶の中には時折見せてくれたやさしい一面が残っています。新婚旅行から帰ってきた 時に花束を用意していてわたしにくれたこと。文音が生まれて実家に帰っている時に避暑 先の軽井沢から一日おきに電話をくれたこと。旅からの帰りを母や妹(夫の)、妹の娘と 一緒に羽田空港まで2歳の文音を連れて迎えに行ったとき、エスカレーターに乗るのが最 後になってしまったわたしたちを待っていてくれて先に乗せてくれたことなど……。 アサヒのスーパードライが大好き(夫とは真逆)で5時になると飲み始めていつも飲み過 ぎていました。今日は花屋が混雑していてビールまで買うことができなかったけれど(駐 車できなくて)この次は持っていってお供えしようと思いました。 7月16日(土) 大人の水・金クラスで映画"Trainspotting"の中の曲を使って振り付けをすすめています が、同じことを土曜日の研究科(中高生クラス)でもやっています。今日は先週にひき続 き、パートをずらして踊ってもらいました。初めのうちこそ自信なげに「えーっ?!」とか 言ってはいたものの、すぐに自分たちでカウントをとったり振りを確認しあったりと、そ の様子は頼もしい限りでした。 7月15日(金) 一昨日乗ったシャトルバスの中でのこと。としごぐらいの姉妹がお母さんに連れられてバ スに乗りこんできました。先に乗った姉の方(3歳くらいでしょうか)が勢い込んで二人 がけの席の窓際の席に座りました。あとから母親と妹。急に妹の方が泣きわめきだしまし た。「OOがこっちのほうがいいよう!」窓際に座りたいのです。姉の方は最初はニコニ コだったのが、だんだんその顔から笑みが消えていきます。妹はずっと泣きわめいたまま。 おとなしそうな母親が姉に「もう少しこっちに来て(妹を窓側に座らせてやって)」と言 っています。姉は落胆した顔をしながらいうことをききます。妹、形成逆転のごとくはし ゃいでいます。姉はというと、母親のひざの上に乗せられたのですが泣きだしてしまいま した。母親はやさしく姉をなだめていましたが、姉はしずかに泣き続けていました。一部 始終を見ていて、わたしは急にこの姉がかわいそうになってしまいました。そして何の屈 託もなく窓の外を見てはしゃいでいる妹に腹を立てました。姉の方も幼さからみてまだ幼 稚園には行ってないでしょう。この姉はいつもこんなふうにして妹に自分の「得」を譲っ ているのでしょうか。幼い兄弟姉妹の争いごととはこんなふうでしょう。「他愛のない」 と言ってしまえばそうかもしれません。でも毎日のこと、こんな積み重ねがその子どもの 性格、兄弟同士の関係をつくっていくのだと思うとなんだか気になってしまいます。わた しが教えている子どものクラスでもよく見る光景です。だからといって、もちろん泣いて いる妹や弟に力で勝とうとする姉を見たとしたらわたしはもっと腹を立てていたことでし ょう。……けれど、暫くして安心しました。妹も姉の方もともに母親の指差す景色にしき りと活発に答えていましたから。やれやれ……これがこの家のやり方なのです。 うちの文音は一人っ子、この姉妹のような思いは後にも先にもありません。それがいいこ となのか、わるいことなのかわからないけれど……何も考えずに今日も文音は言います。 「あー、弟、ほしいな! 翼くん(NHK教育TV「にほんごであそぼ」に出演している 小林翼くんのこと)みたいにかわいい弟!」…………黙! 7月14日(木) 今日の幼児クラスは土曜日の陽一郎君と万里奈ちゃんが加わって賑やかでした。慣例の「 動物ごっこ」でのこと。それぞれが自分のやりたい動物を全身で表し、ほかの子どもが当 てるのですが、やる前にわたしには何をやるかをおしえてくれる子もいます。陽一郎君は 「タツ」と、おしえてくれました。「えっ、タツ?」思わず聞き返したわたし。みんなに わかるかなあ…と思いきや、やってみると3歳の明沙香ちゃんが大きな声で「タツノオト シゴ!」!「大当たり!」!!というと飛び上がって「ばんざーい!ばんざーい!」と大 喜び。ところが、当ててもらった陽一郎君はもっと大喜びでした。よっぽど当ててもらっ て嬉しかったのでしょうね。子どもたちの創造力と想像力には驚かされるばかりです。 7月13日(水) 用事があって瀬田へ行った帰り道、二子玉川の駅に出る道を道行く老婦人に尋ねたところ、 「すぐそこから高島屋のシャトルバスが15分おきに出ますよ」と、親切におしえてくれ ました。言われたままに行ってみると、なるほどバスの発着所があり、数人バスが来るの を待っている様子です。程なくしてバスがやって来ました。揺られること約5分、なるほ ど山坂下って大きな国道を渡ることを思えば、こんなに便利なものはありません。まして タダ! ただ、高島屋の買い物客用ですからそこのところをわきまえないと。でも…いる でしょうね…買い物などしないで乗る人も。現にわたしがおしえられたのも「駅の方へ行 く道」としてだったのですから……。「ちょっとトクしちゃった!」気持ちのわたし、ち ょうどお昼ご飯がまだだったので、高島屋の上で食べることにしました。 7月12日(火) モツ焼きの名店、立石の「宇ち多」へ行きました。前回2時開店のところを、1時35分 に到着したにもかかわらず、長蛇の列で、開店と同時に席に着くことができませんでした。 さらに20分ほど待ってようやく美味にありつくことはできましたが。今日はその轍は踏 むまいと、1時に到着しましたが、さすがに早過ぎると思い、すぐ近くの立ち食い寿司屋、 「栄寿司」で4つばかりつまんで時間を潰してから1時10分に並びました。一番乗りだ! と喜んだのも束の間、「まだ早いわよ」とお母さんの声。しかたなく商店街をぶらついて 29分になってから向かうと既に常連席は各自の荷物でふさがり、非常連たちは5人ほど 並んでいるではありませんか。砂糖にアリが吸いよせられるようにどこからいつの間に人 が集まってきたのでしょうか。不思議でした。もちろん、わたしたちもそのアリの仲間で すが。 7月11日(月) 「冷し中華」が食べたくなる季節です。今日、思い立って夫とアトレ(大井町の駅ビル) へ行きました。ところが……ないのです。わたしたちが食べたい昔ながらの「冷し中華」 が。キュウリと辛子と紅生姜の香りのする昔ながらの懐かしいのがないですね。結局、今 風「変わり」冷し中華ーアラビアータ風・ジャージャー麺風を食べるはめになりました。 でも、あの冷し中華が食べたい! 7月10日(日) 猫のケムリが死んだ夢を見てしまいました。普段、外など出ないくせに、外でよその猫と 喧嘩をして瀕死の重症を負って帰ってくるのです。(夢の中の)わたしはケムリをバスタ オルにくるんで獣医につれていくのですが、先生が不在でなかなか診てもらえません。そ うこうしているうちにケムリがわたしの腕の中で冷たくなっていくのです。あまりのリア ルさに苦しくて目を覚ましました。それでも猫の身体から生気がなくなって小さな屍とな っていったあの感覚がよみがえってきます。わたしは急いでケムリの姿を探し、ダイニン グの椅子の上で呑気に寝ているすがたを確認してようやく安堵しました。 7月9日(土) あまり暑くはなかったのですが湿度が高く、稽古中は普段はエアコンをつけたくないので すが、幼児クラスで耐えきれずつけてしまいました。どの子も汗で髪の毛が額にピッタリ と張り付いていたのでした。いつもはわたしだけが大汗かいているのですが……。 7月8日(金) 茗荷谷の美容院へ行きました。茗荷谷は学校が多く、いまちょうど試験中なのか駅には中 高生(と見受けられる)がおおぜいいました。田町の駅で電車が止まってしまい、遅くな ってしまったために駆け足で駅からの道を行くわたしでした。裏側にあたる小さな改札口 をぬけ、いま降り立ったホームの上を横切るようにかかっている小さな橋をいままでに何 度渡ったでしょうか。ふと見上げると、橋の半分ほどまでがトケイソウで埋まっていまし た。子どもの手を広げたような形の葉、日時計を思わせる雄しべの集まり、白地に紫のふ ちどりのような花の色。まえの家にも半分ほど建物を覆うぐらいに繁茂したトケイソウが ありました。夫は建物をそっくり、ランドアートの作家クリストよろしくそのトケイソウ で覆いたかったのですが、亡父の「鬱陶しい」の一言で根こそぎ刈られてしまいました。 そんなことを思いだしました。 7月7日(木) 梅雨の合間の晴天に部屋の中に干しておいた洗濯物をベランダに出しておいたのですが、 午後になってにわかに雲行きがあやしくなったので急いで取り込みました。朝の予報では 「夕方になって雷雨またはにわか雨」と言っていました。最後のガチャガチャ(ハンガー 式の洗濯ばさみつきの折りたたみ洗濯物干しのことをうちではこう呼んでいます)を入れ ようとした時、どこからかいい香りがして思わず「いいにおい!」と言ってしまいました。 ちょうど1年前に買ってきたマダガスカル・ジャスミンです。寒さの強い時期の夜は家の なかに入れたのですが、この春にぐんぐん大きくなって、屋根に向かってのびているヤマ フジの幹に絡んで、そこに真っ白のブバリアを大きくしたような花をつけたのでした。な んとも嬉しい気持ちとともに今年はどうやって冬を越させようかという思いがチラッと頭 を横切りました。 7月6日(水) 用事があって瀬田まで行った帰りに買い物をするために桜(世田谷区)の方へまわりまし た。桜2丁目には5年前ちょうどこの家を建て替えたときに1年間だけわたしたちが住ん でいた家があります。「古い日本家屋」といったたたずまいのこの家は、いちにちに一定 (700リッターくらいだったでしょうか)の量しかお湯が使えなかったり(あとは給湯 の栓をひねっても水がでるだけ)備え付けのクーラーはすべて使えなかったり(そうそう、 あの夏はまた猛暑続きでした)と、ずいぶん住みにくいところもありましたが、わたした ち親子は好きでした。工事が終ってこちらに戻ってきてからも、用事で近くまで行く時に は必ずこの「桜の家」を見に行ったものでした。わたしたちのあと、この家は「金子さん」 とおっしゃる方に借りられていたようでした。今日、半年ぶりくらいに行ってみると「金 子」の表札はなくなっていました。けれど(シャッターのなかなか開かない)車庫には車 が入っているようだし、台所よこの小さな食事室(北向きだったので、わたしたちはここ では食事はしませんでした)には明かりが点いています。「新しい人たちが入ったのかな ……」何気なくそう思うと同時に、自分たちがここで過ごした懐かしい日々のにおいがよ みがえりました。すると……そう、この気持ち、昨日の映画を観おわった時にもしたこと を思いだしたのです。自分の大切にしているものをふり返るような、台風の時に昼間でも 雨戸を閉め切って本などを読んでいるのがけっこう好きだった子どもの頃を思いだすよう な……(??)。やはり観てよかったと思いました。 7月5日(火) 映画「いつか読書する日」を観ました。なかなかにいい映画なのでご覧になることをお薦 めしますから、ストーリーは詳しくご紹介いたしません。渋谷のユーロスペースでだった のですが、いつになく高齢者の方が多く(というよりもほとんどが高齢者)ちょっと異様 な感じでした。それも映画を観て合点がいきました。主演の田中裕子と岸部一徳の50歳 という年齢は、はたから見ると決して若くはないけれども、彼らのなかには高校時代の気 持ちをそのままに持ち続けていて、わたしたちの年齢と気持ちにまさに重なります。静か であっても激しい気持ちの昂りがあります。田中裕子がとてもよかったです。でも若い人 たちには理解できない気持ちかもしれません。悔恨のようなものが甘酸っぱく迫ってくる この感じなのです。チラシによると「本格メロドラマ」なんだそうです。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ながらくアップロードをさぼっておりましたが、「日記」再開いたしました。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 5月12日(木) 夜になって雨が降りました。お天気が変わりやすい日が続いています。花粉症がようやく おさまったかと思いきや、今度は体中が痒くなるアレルギーが出てしまいました。昨年の 夏の猛暑のおりに出た症状ですが、今年は早速……というかんじです。そのために処方し ていただいた薬を飲んでいるのですが、これが強すぎるのか身体がひじょうに重いのです。 5月11日(水) 今日はとっても寒かったです。3月下旬のこの陽気、明日も続くということです。ベラン ダのバラ、シティー・オブ・ヨークが花開いて夫が嬉々としていたのですが、この寒さに 震えるようにゆれていました。仕事がらわたしも寒いのは苦手です。30℃を越える猛暑 というのも閉口しますが。 5月10日(火) 映画「心中天網島」を観ました。最初のドキュメンタリータッチのシーンですっかり舞台 上のお膳立てが整って映画は始まります。シーンの組み立て方や時間経過の唐突な繋ぎ方 など斬新な試みにまず驚かされました。以前に観たことのある「沈黙」では凡庸な印象し か残りませんでしたが、この作品はなにか突き抜けたところがあって新鮮に感じました。 これが近松門左衛門の滲み出るオリジナリティのなせる技なのかもしれません。中村吉右 衛門の歩き方や立ち姿が、紙屋治兵衛の役どころを余すところなく表現し尽くしていて、 たいへん感心させられました。とはいえ、何といっても可哀相なのは治兵衛の女房のおさ んではないでしょうか。実父に連れ去られる時に助けを求めても治兵衛は何一つ応えず、 結局は女郎の小春と心中をしてしまうのですから。それまでも女郎のもとに通う夫に代わ って店のやりくりをし、子供を育て、自分の着物を売ってまで支払いに充てながらも最後 まで夫をかばってきたのは、おさんが治兵衛を愛していたからこそできたことでしょう。 治兵衛にその愛までも拒絶されてしまったとき、彼女はいったい何をよすがとして生きて いけばいいのでしょうか。死んでしまいたいのはおさんの方だ!と、やる瀬ない気持ちに なりました。 5月9日(月) 陽ざしが穏やかで気持ちのよい晴天です。この季節、草花を見ても、通園する幼稚園児を 見ても成長するエネルギーを感じます。そんな中、人間として生きていてやはり幸せなこ とは多くの感動に出会うということでしょうか。よい映画、よい絵、よい本(自分にとっ て)、唄でも景色でももちろん人にも、それらに出会うことによって心が熱くなったり満 たされたりすることがどんなに幸せなことなのかと最近つくづく思います。限られた生の 時間の中でどれだけそういうものに出会うことができるか、今後のわたしの課題です。そ れにしても、子どもでも大人でも教えていて、こちらの言うことがすうっとわかってもら えたとき、そしてなによりもその本人ができたことによって喜んだとき、幸せを感じる最 近のわたしです。 5月8日(日) 映画「ゆきゆきて神軍」をようやく観ました。「ようやく」というのは前々から観るつも りでいたのがいつもその機会を逸していたのを、文音が学校の宿題として出されていたレ ポートを書くために観るというのに便乗したわけです。凄い、凄い、凄い!!!映画でし た。まさに「事実は小説よりも奇なり」という感です。もしも以前に近所で主人公である 奥崎謙三が乗る「街宣車」を目にしたら、わたしはまちがいなく気違いの仕業だと思った でしょうが、これからはそうは思わないでしょう。彼のとった行動こそが人としてのある べき姿だと感じたからです。同時に、戦争はもちろん、戦争への道を作ることも、二度と くり返してはいけないのだと痛感しました。 5月7日(土) 先日、渋谷を歩いていて感じたのですが、若い女性(10〜20代)の「内股」のなんと 多いこと! よくあれできちんと歩けるな……なんていうくらい強い内股の人もニコニコ と平気な顔をしています(あたりまえですが…)。それから膝を曲げて細いヒール(ミュ ールというのでしょうか?)を履いている人、姿勢の悪い人がほとんどと言ってもいいく らいで、きちんとまっすぐ背筋を伸ばして歩いている人を探す方が困難なくらいです。こ んなに気持ちのいい季節なのに……。思わず途中で立ち止まり、深呼吸して背筋を伸ばし ちゃいました。 5月6日(金) 知人から送っていただいた筍で、筍ご飯、煮物にお吸い物と筍づくし(とまでは言えませ んが…)でした。今年は山椒の木がずいぶん大きく伸びたので、新芽を摘んでその香りと 共に季節の味を堪能しました。ご飯は二日にわたって炊いたのですが、二度目の方が水加 減が上手にできたと思います(思い切って水の量を減らすくらいが丁度よいのです)。 5月5日(木) こどもの日。買い物帰りに近くの商店街を歩いていて、商店の二階の窓から竿がニョッキ リ伸びて、まあたらしい可愛らしい鯉のぼりがさげられているのが目にとまりました。男 の子が生まれたのね……。なんとも、そこの家族とは関係のないわたしまで、どうぞすく すくと丈夫に育ちますようにと鯉のぼりにお願いするような気持ちになりました。 今年もいくつかの和菓子店の柏餅をいただきましたが、どれもいまいちでした。「とらや」 のあのしぎしぎとしたお柏がやっぱり一番!! 5月4日(水) 15年前のことです。夫が食中毒で立会川の病院へ担ぎ込まれて入院したことがありまし た(明け方だったため何軒もの病院をたらい回しにされた末に)。それがびっくりするく らい汚い病院だったのですが。今日所用で立会川の商店街へ歩いていったところ、15年 前にせっせと毎日通ったことを思いだしました。文音はまだ1歳にもなっていず、病院に 連れていくわけにもいかず、店もあり、ずいぶんと心細い思いでした。 5月3日(火) 一重のバラ、カクテルがあまりにも見事に咲き揃いだしたので、夫はお隣の屋上からどう しても写真に収めたいと、とうとうお隣にワインをもってお願いに行ってしまいました。 快く承知してくださって、このような見事な風景を撮ることができました。そう、外から 眺めてこその花だと思いました。
5月2日(月) 買い物があり、久しぶりに川崎へ行きました。多摩川から川崎駅までの間には桜並木があ りますが、今年はすでに花が終わり青々とした葉を茂らせていました。電車の窓からひと まわりり大きくなっている樹々を見ているうちに、幼い文音の手を引いて当時の川崎の稽 古場へ通った日々が思いだされて、思わず涙が出てしまいました。 5月1日(日) 今日から5月です。5月といえば連想するものは新緑、風になびく鯉のぼり、柏餅、新茶 にそら豆です。連休の間の日曜日、みなどこかに遊びに出てしまっているのか、街は静か です。それにしても今日の洗濯物のなんと量の多いこと! これが3人家族の1日の洗濯 物の量かと疑うほどです。考えてみれば、昨日は夫と文音はジョギングをし、わたしは昼 すぎからレッスンがあり、最後のクラスには文音も参加し……と、それぞれが1日中汗を かいた日だったわけです。一度に干せて気持ちよく乾く物干し場がほしい!です。 4月30日(土) 一重のバラ(カクテル)が2〜3日前より咲きだしました。これは早い時期の一番花が花 色も鮮やかできれいです。モッコウバラも黄色、白の順に咲きだしました。ベランダのヤ マフジは既に花を落とし、いまではハゴロモジャスミンの強い香りでむせかえるようです。 世話をする夫にとっては一番幸福な時期が来ました。もう少しすると去年の暮れに手に入 れた輸入苗のバラが3種類開花するでしょう。
4月29日(金) 暑い一日でした。なんと30℃を越したところもあったそうです。お昼すぎに大森の「紅 山楼」に駆け込み(2時で昼休みになってしまうため)、上皿うどんを食べました。パリ パリの細麺の上にかかる具には色々なものが入っていて、その都度微妙に内容が変わりま す。今日は海老とイカのボリュームがなかなかでしたが、なくてはならない(と思ってい るのはうちの家族だけかもしれませんが)クワイ(文音は小さい頃から「シャリシャリい も」と呼んでいます)が入っていなかったのです! 残念無念。でも美味しくて満足でし た。ちなみに「紅山楼」は池上通りと、環七へ続くジャーマン通りの交差するT字路にあ る雑居ビルの半地下にあります。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ながらくアップロードをさぼっておりましたが、「日記」再開いたしました。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 2月28日(月) うちの近くの「魚春」さんのおじいちゃまが亡くなられたことを知りました。90歳を過 ぎ、暮れからお正月にかけても体調を悪くしていらしたのは聞いていたのですが……。わ たしがこの家に来たばかりの時はまだお店に出ていらして矍鑠としていたのですが、寂し いことです。「齢に不足はない」とか「大往生」とか言われますが、やはりいくつになっ ても親と死に別れるということは辛く悲しいことです。おにいさん(「魚春」さんのご主 人のことをうちではこう呼んでいます)の悲しみが慮られます。合掌。 2月27日(日) トイレへ行って焦っている夢をみました(特に行きたいのを我慢して寝ていたわけではな いのですが……)。振り替えのお稽古、いつもよりちょっと早めの時間だったので幼児ク ラスの時にはスタジオに陽がさして、普段と違った雰囲気でした。夕方から弟夫婦が来ま した。 2月26日(土) 最後の親和会のために学校へ行きました(そのため、お稽古は明日に振り替えました)。 やはり鶴川は寒いです。一週間ほど前の根雪がまだ残っていました。 2月25日(金) 「卒業を祝う会」で使うために文音の小さい頃からの写真を見ていて、忘れていた頃のこ とを思いだしました。本当に、よくここまで育ってくれたと感謝の気持ちでいっぱいにな りました。 2月24日(木) 渋谷の治療院通い三日目。次は来週でいいということ、長く患うことなく幸いでした。帰 りに家の前の交差点で信号待ちをしている「安田大サーカス」のひろくんを見ました。バ イクにまたがり、仙台坂方面へ発進していきましたが、なんとも巨体の下のバイクが押し 潰れそうに小さく見えました。文音に話すと「えーっ!いいなぁ!」を連発していました。 2月23日(水) 今日も渋谷鍼灸治療院へ。二日目なのに嘘のように回復が早いです。ちょうど行くのがお 昼にかけてのため、今日は「ムルギー」でカレー(「ムルギータマゴ入り」)を食べてか ら「ドゥ・マゴ」で紅茶を(それだけあちこちに移動できるのですから)。文化村のチケ ットセンターでボーン・マシューの「白鳥の湖」のビデオを流しているのを見ました。好 き嫌いは別として、またそれが芸術としての価値をどれだけもっているかどうかはともか く「やはり男性は美しい!」とストレートに感じました。 2月22日(火) 夫がぎっくり腰になったために渋谷の鍼灸治療院へ連れて行きました。それでも早くに処 置したせいか、行きは歩くことも難儀だった(マイムマイムのように後ろからわたしの肩 に手をかけて体重を支えていた)のが帰ってくるときはそろそろですが自分で歩けるよう になっていました。それをいいことに「喜楽」でワンタン麺など食べてきちゃいました。 2月21日(月) 朝から少々体調がすぐれず、珍しくレッスンがきつく感じました。夜の稽古の後、熱も少 しでてきました。満開だった梅の花が散ってきました。 2月20日(日) 舞踊協会の研究部が主催する「一日舞踊大学講座」にスタッフとして参加しました。家で は文音のクラスメートが劇の練習のためにスタジオを借りに来ていました。 2月19日(土) 3月5日にある卒業公演の劇の練習のために、文音は学校へ行きました。中学受験が終っ たあや乃ちゃんが来月からまたレッスンに来ますが、入れ違いに今度中学三年生になる姉 のみず紀ちゃんが高校受験のためお休みするとのこと、今のうちは週に一度くらい身体を 動かしておいた方がいいとわたしは正直思うのですが、塾の時間と重なってしまうらしい のです。真面目で一本気の性格というか、お母さんは不器用なんですとおっしゃっていま したが、自分の好きなことを削ぎ落として行かなければならないようでなかなか寂しいこ とですね。無事希望を達成して、一年後にまた元気な顔を見せてくれますように。 2月18日(金) 用事があって、久しぶりに川崎へ行きました。4年前まで、つまり現在の自宅のスタジオ ができるまでは週に2回は通っていた(しかも20年以上!)場所なので、懐かしいとい うよりはなんだかもの悲しい感さえしました。というのも、景観がずいぶん変わっていた せいかもしれません。当時あった店舗などがなくなっていたり、別の店にかわっていたり ……。13年前に父が亡くなったのもこの川崎にある病院だったというのもその理由の一 つかもしれません。 2月17日(木) うちの近くにある三代続いた乾物屋・惣菜屋が店を閉じました。近所の商店街ではこのよ うに店がポツリ、ポツリと閉店していきます。店主が老いて子供たちのもとに引き取られ ていったり、後継者がいなかったり、事情はさまざまでしょうが、なんとも寂しいかぎり です。同じく店を構える者としてけっして他人事ではありません。大きなマンションが続 々とできているのですから、商店街の活性化のいいチャンスではあるのです。いい立地を 活かさない手はないと思うのですが。 2月16日(水) 明け方に地震がありました。変な話ですが、寝ていて地震の来る瞬間というのは、フッと 覚醒します。あたりがし〜んとするというか、ほんの一瞬ですが「これから揺れが来る!」 というのがわかるという……わたしはナマズでしょうか。 2月15日(火) 先日は「ポン太」ことケムリの話でしたが、今日は三毛猫のタマオについてです。タマオ は私たち家の者が「ただいまぁ」と帰ってくると二階から駆け降りてきて、階段の踊り場 でキックターン(水泳選手がやるように)をしてからまた階段を駆け上がるという一連の デモンストレーションをします。ところが、今日文音が帰宅した時のこと、いつものよう に疾風のごとく階段を駆け上がったタマオは、上から二段目で思いきりつまづいて顔と前 足をいやというほど打ってしまったのでした。見ていた私がびっくりするくらい強く打っ たのです。猫お得意の習性でまるで意に介さないような、とぼけるような、知らん顔をし て通すのですが、その痛さは想像がつきます。…歳トッチャッタノネ…ターちゃん。 2月14日(月) 大阪寝屋川市の小学校で卒業生による教諭殺傷事件が起こりました。先日の愛知のイトー ヨーカドーでの事件といい、被害者の死や怪我があまりに無意味で気の毒です。自分の感 情の捌け口やわがままのために大切な他人のいのちを奪っていいのでしょうか。そのうえ 容疑者の精神鑑定をして「責任能力がなかった」などとするのなら、被害者は、残された 家族はその突然の不幸をいったいどう納得させればよいのでしょうか。不運だった…だけ では到底得心がいくものではありません。ところで「改憲」宣伝が華々しく繰り広げられ ていますが、ふたたび戦争を仕掛ける国になるということも不運だった…ではすまされな いことです。 2月13日(日) 梅の花の香りが本当によくしています。娘は五年生のときに一年間住んでいた世田谷区桜 の家を思いだすと言いますが、わたしはわたしでまだ結婚する前の実家の二階の廊下を思 いだします。そこには長細い台が置かれていて、陽が陰ると亡き父がせっせとベランダか ら運びこんだ梅の木の鉢がずらーっとならび、それはそれはよい香りがしていたのです。 においや音、味といった感覚的なものというのは不思議ですね。むかしの記憶をよみがえ らせます。音楽などはその曲や歌を初めて聞いた時と同じ気持を思いだしてしまったりす るのですから。 2月12日(土) レッスンの後の夕食作りはなるべく手のかからないものにしています。「簡単」というこ とではなく「作り馴れた」と云う方が適切かもしれません。今日はそんな中のひとつ「ア サリのスパゲティー」と「生ハムとルッコラのサラダ」にしました。家庭用のガスコンロ はいまいち火力が弱いために、アサリをソテーするのとパスタを茹で上げる時間の頃合い がなかなかピッタリといかないことが多いのですが、今日はかなり良い感じにできあがり ました。手際よくできたので、おまけに「真鯛のカルパッチョ」にも挑戦してみました。 2月11日(金) 街はいまやバレンタインデー商戦一色です。そもそも「2月14日にチョコレートをプレ ゼントする」なんていう風習は日本の製菓会社が考え出したことで、私が小さい頃にはな かった……。確か、小学校五年生くらいだったかと記憶しています。突然、私たちの生活 の中に「バレンタインデー」なるものが入り込んだのは。しかし、これを考えついた人は …なんてすごいんでしょ!…と思えるくらい、日本中にこの習慣は「蔓延」しましたね。 節分に豆まきをするくらい……いや、それ以上ですね、お正月にお餅を食べる…程ではな いにしても、クリスマスにケーキを食べる…くらいにはなっていると思います。 それはそうと、買い物の折りにたまたま目にしたHCのチョコレートケーキに思わず目を 奪われてしまいました。「なんてかわいいんでしょ!」と。こんなのをプレゼントされた ら、私だったら感激しちゃうな……などと思った私は、な〜んてミーハーなのでしょう。 2月10日(木) どんよりとした曇り空の寒い一日でした。ネコのケムリが椅子の上でまあるくなって寝て います。タマオはどこにいるのやら…? そういえば、朝一度見たきり、今日はタマオの 姿を見ていません。こういう寒い日には多分……。やはり! 文音の部屋の引き戸が10 センチほど開いています。覗いてみると案の定、ベッドのすその方がこんもりしています。 タマオはいつもこんなふうに、蒲団の間にもぐり込んで寝るのです。ここのところネコた ちも寒いせいか、こうして寝ていることの多いこと。トシのせいもあるかもしれませんが、 前のように走りまわったり、食器棚の上にのっかったりすることはあまり見られなくなり ました。あぁ、でも時々、ものすごい兄弟喧嘩(姉と弟だと思いますが…)をする時はか なり壮絶です。むかしは気の強いタマオがシャーシャー言って飛びかかっていっても、ケ ムリは逃げの一手だったのが、最近は違います。ハッシ!とばかりに反撃に出るのです。 もともと動きはのろいものの、ケムリは雄ネコです。だいいち身体の大きさが違います。 くんずほぐれつ、転げ回ってタマオが逃げ出すようになりました。タマオの尻尾はそんな 時「タワシ」のようにふと〜くなっているのです。ネコというよりは、アライグマかタヌ キのようなケムリも「ぼくだって、いつも負けちゃいないんだぞ!」と言わんばかりです。 そうそう、タヌキといえばこのケムリ、この頃はスタジオに人がやってくる時ドアが開く とシャンシャンと鈴の音を鳴らして行くようになってしまい、媚びを売っては「か〜わい い!」などと言われることに味を覚えているのですが、先日ベリーダンスの生徒さんに可 愛がられて愛想を振りまいていたら「しかしお前はデブだねぇ、ぽん太!」と言われてし まいました。「ぽん太」とは!……まったく、いい得て妙! と、階上で聞いていて思わ ず笑ってしまいました。 2月9日(水) 昨日立ち寄った「STONE]というコーヒー屋さんの話です。駅から「カッパ」へ行く 時に何となく地下に降りる階段の雰囲気が気になって、帰りに寄ることになりました。重 めのドアを開けて入ると、広さは20平米ほどでしょうか、柱や壁が茶色にすすけた店内 は「古いけれどきれいにしている」という、私たちが好む感じが充満していました(何と なく奥那須の三斗小屋温泉の「大黒屋」を思い出しました)。軽妙なジャズが流れる中、 3〜4人のお客さんが本を読んだり、書き物をしたりと思い思いに過ごしています。コー ヒー(ブレンド)は焙煎の深さによって三段階になっていました。いちばん深煎りのもの と、りんごタルト、レアのチーズケーキをお願いしました。どちらもこのお店自家製のも のらしく、とても美味しかったです。チーズケーキといえば、まだ大学生の頃だったでし ょうか。女子医大へ進んだ高校の先輩と日光へ旅した時のことでした。最初に金谷ホテル に泊まり、夕食まで時間があったのでコーヒーを飲みにラウンジに行った時に「手作りチ ーズケーキ」とあるのを食いしん坊の私はいち早く見つけ、食べようということになりま した。こってりとした少々ヨーグルト風味のもので「まあまあかな…」なーんて思って食 べていました。次の日、中禅寺湖畔のボートハウスで鮎だか岩魚だかを食べた時にも、デ ザートにチーズケーキをいただき、その時には「ん?」と思いました。帰京する日、電車 の時刻までの時間を駅前のちょっと趣のあるコーヒー屋さんで過ごした時「手作りチーズ ケーキ」という「呪文」にこれまたひっかかり、食べてみて……わかったのです。この三 日間、私たちはおんなじチーズケーキを食べ続けていたのだということを! この「手作 りチーズケーキ」とやら、どこかの会社で作って日光のホテルやレストラン、コーヒーハ ウスなどあらゆるところに卸していたのですね。なんだかちょっと騙されたような気分だ ったことを記憶しています。……そんな代物とは全く縁遠い、ここのチーズケーキ、また 食べに行きたくなりそう…です。 2月8日(火) 今日も寒かったのですが、午前中から雨が降ったのでカラカラに乾燥した感じは免れまし た。風邪が流行っているときに多少でも湿気があるのはありがたいことです。吉祥寺のモ ツ焼き店「カッパ」へ行きました。店に着いたのが5時5分前くらいだったでしょうか。 すでに満員状態…だったのですが、幸い飛び飛びに二つの椅子が空いていたのを周りの方 が詰めてくださったおかげで座ることができました。いつものように八角の効いたタレで レバ生とコブクロ生をいただいた後、4〜5人先の人がホーデン生を注文しているのを目 撃した私たちはそれも試してみることにしました。レバ生よりもっと水分が多いというか、 やわらかいというか、味もそれほど特徴がなくやはりレバ生の方が美味しいという結論に 至りました。それからトロ(テッポウまたは大腸)とレバーの若焼きを同じタレで、カシ ラ、タン、ナンコツを塩でいただきました。そのカシラ塩焼きを口にした瞬間、私は遠い むかし、父がお土産に買ってきてくれたモツ焼きを思い出しました。父は仕入れや会合な どで外に出る時はたいてい私たち子どもたちにお土産を買ってきてくれました。雷おこし やケーキ、鰻、お鮨など、行く先々によって違いましたが、モツ焼きも店がどこにあるの かは知りませんでしたが、よく買ってきてくれたもののうちのひとつでした。たいていカ シラとタンの塩焼きでした。焼きたてを買ってきてくれるのはありがたいのですが、家に 着くなり「あったかいうちに…」と、どんなに遅くても寝ている私たちを起して食べさせ ようとするのには閉口していました。もう40年もむかしの話です。……帰りに、駅のす ぐ近くの「STONE」という店で久しぶりに美味しいコーヒーを飲みました。 2月7日(月) どんよりと曇った一日でした。雪にこそならなかったのですがとてもとても寒い一日でし た。こういう日はどこにも出ずに「あるもので食べちゃいましょ」ということにしたいも のです。ところが今日は「湯豆腐が食べたい」との娘のたっての希望で鱈を買いに出かけ ざるを得ませんでした。湯豆腐がたべたい中学三年生というのは珍しいかもしれませんね。 「魚春」(近所の魚屋さん)に娘の好物のナマコがあったのでそれも買ってやりました 夫はこの寒さで体中が痒く、出先でもどこでも背中を掻かせるのです。しかも襟首から手 を入れて直接背中を掻かせるのです。みっともない姿です。痒さに弱い夫は、「ぼくを拷 問するのなら密室に蚊の2〜3匹を放って血を吸わせ、痒くて掻きたいのに掻かせなけれ ばいい。すぐになんでもゲロしちゃう」と言っています。 2月6日(日) 「笑点」のあと「ちびまる子ちゃん」「サザエさん」と立て続けにテレビを見るわが子の のんびりとした様子に、「よかったね」と声をかけてやりたくなりました。 深大寺で求めた白梅(冬至梅)が洗面台の上で香っています。文音は梅の香りをかぐと、 穏やかに過ごした世田谷区桜の仮住居を思い出すのだそうです。 2月5日(土) お休みの人が多かった大きい人たちのクラスにくらべて、幼児クラスは元気に全員出席で した。「動物ごっこ」では陽一郎クンがニワトリに初挑戦!「幼稚園でやった」と言って いましたがとってもよく感じがつかめていて上手! お母さん、お父さんたちから思わず 拍手が湧きました。ここ暫くは、ワニに替わってニワトリが人気を集めることになる…… もしれません。 2月4日(金) 文音の合格のお礼参りに深大寺へ行きました。ここは隣り合わせに神代植物公園があり、 四季折々の花や、樹齢何百年にもなる木々を観るのが楽しみで、文音がちょこちょこ歩き 出した時分からよく訪れていた場所でした。小さい頃から文音をみていてくれているとい うことで、今度の試験の前の週にお参りに来ていたのでした。まずお寺をお参りし「ご報 告」してから深大寺門(裏門)の方から植物園に入りました。真っ青な冬空にヒバやフウ、 ケヤキの枝先がくっきりと見えて、思わず「きれいね!」と言ってしまうほどでした。暦 の上では今日はまさに立春、カンザクラがちらほらと咲いているのをみつけました。
2月3日(木) 今日は節分、豆まきをしました。たしか、その年の干支生まれ、つまり年男や年女が「鬼」 になると記憶していたので、酉年の夫に頼んだところ体よく断わられてしまいました。仕 方なく私が鬼のお面をかぶって、鬼の声色で「悪い子はいないか!」とダイニングから玄 関、外に飛び出し、店に…と覗くとすでにお客さまがいらしたので…やめにし、文音が豆 をまきながら追いかけてくるのをいいことに、おもてにまで出ていこうとしたら「ママ、 もういいよ、やめようよ」と言われてしまいました。 2月2日(水) 夜のレッスンの時に風邪がまた流行っていることが話題になりました。そういえば一昨日 も何人かの方が体調不良のためにお休みでした。お腹にくる風邪とか言われています。い ま取り沙汰されているノロウィルスといい、去年も世間を震撼させたサーズといい、正体 不明のものは怖いこと極まりないですね。 2月1日(火) 生涯忘れることのないくらい嬉しい日が何日かあるとしたら、今日はその中の一日といえ るでしょう。……そうなのです、文音が都立青山高校に「合格!」したのです。正直言っ て今回の推薦試験、結果については不安だらけでした。なんせ倍率は都立高の中でもトッ プ(そもそもこの学校が去年から進学指導重点校となり、そのうえ今年は推薦試験の合格 枠が去年までの26名から13名と半数に減らされてしまったことがわかった時点からこ うなることは予想もつくにはついたのですが…まさかここまで高くなるとは…!)文音と いえば、勉強もさることながら行事やクラブ活動に生徒たちが熱心に打ち込むこの「青高」 に入りたい!(都立高に入りたいというよりは青高に入りたい)と志を立てた時から決め ており「青山、青山」とそれこそ毎日「お念仏」のように唱えていたので、他校に目標を 取り直す…などということは到底考えもしなかったことなのでした。内進の道を選ばずに 自分の夢に挑戦しようと決めたこと、「やらずに後悔するよりはあたって砕けろ!」とば かりに定めた目標でした。試験の当日もそうでしたが、今日発表の時にも友だちが作って くれた「お守り」を握りしめて青高にむかいました。そして609番を見つけた時の喜び! (実を言うと、私は今日ほど自分の視力のいいことを恨めしく思ったことはありません。 校門を入ったところから「608番」が目に入ってしまったのですから…!)……思わず 泣けてきました。……今回のこの受験について、本当に多くの友だち(お母さんたちまで) が文音に応援のメッセージを贈ってくれました。先程の「お守り」もそうですが、進む道 が分かれてしまうことは残念と言いながらも娘が一生懸命に目指していることにみな励ま し、心配し、勇気づけてくれているのを側にいて強く感じました。本当にありがたいこと! と感謝の気持でいっぱいです。……それから、そうそう、12年前に文音が「和光幼稚園」 に合格した日、この日も今日と同じくらい嬉しい日として私たちのなかに刻まれています ね……。
1月31日(月) 明日は文音の入試の合格発表の日。家にいても落ち着かないので、昼間のストレッチクラ スのあと、駅の向こう側までお昼を食べに出かけました。新しくできたカレー屋さん二軒 を訪ねましたが、二軒とも休憩時間に入ってしまっていたために、結局ブルドックでカキ フライ定食をいただきました。夫はメンチカツ定食。ここのメンチカツは相変わらず大き く(わらじのよう…)、二人ともライスの量を減らしていただきました。 ……これでようやく一年たちました。感慨ひとしお!です。 1月30日(日) むかごご飯をつくりました。炊きあがったお釜のふたを開けると、なんともいえない漢方 薬のような香りがしました。フランボアーズの香りでもあるといえましょうか。美味しか ったです。 1月29日(土) 学校の母たちの会があり、下北沢まで出向きました。週末の下北なんて、どこを見ても若 い人たちでいっぱいで、なんだか「場違い」の気がいたしました。 1月28日(金) お天気はよいのですが、相変わらず風が冷たく乾燥しています。ケムリがくしゃみを連発 しています。風邪か…花粉か…。元気で(鼻もぬれているし)食欲もあるので、まあ心配 ないでしょう。 1月27日(木) 幼児クラス(土)と、この(木)でバーレッスンを始めました。以前は、バーにぶらさが って後ろに足を上げるのもたいへんな子どもたちでしたが、発表会を終えたいま、まがり なりにもバーにつかまりプリエをする姿は「バレリーナ」です。 1月26日(水) ヘンな夢をみました。隣の桃屋ビルの階上に夫の妹夫婦が住んでいて、私が3歳くらいの 文音を連れてそこに遊びに行くのですが、靴をきちんと揃えて脱がないことを文音に怒っ ていると、それについて義弟が怒るのです。「ここの家の人間はなんだっていちいちそん なことに目くじらを立てるんだ!」と。私は「全くそうだ!」と思いながらも、立場上怒 らなければならない……イヤな気持でいます。うちに戻ってきて(これがいまの家なので す)枕木の通路のところで文音のはじめて笑う顔、私が思わず抱き上げるとすごく重い! 「文音、大きくなったわねえ…」と私。そんな私を抱える母が後ろにいるのでした。 1月25日(火) 朝刊を開いてみてびっくり! 文音が願書を出した都立青山高校の推薦入試の倍率が、な、 なんと、8・62倍! 今年は募集人数(推薦の)が去年の半数になっていたことはわか っていましたがこれほどの数値になるとは……。子どもが小さい時に熱を出したりすると、 できることなら代わってやりたい! と思ったものでしたが、いまもそんな気持です。た だ、いまの場合とうてい代わりなんて務まるものじゃない! …などと足しにもならない ことを考える私でした。 1月24日(月) 鼻がムズムズしてくしゃみ連発! あぁ、今年も花粉症の到来です。 1月23日(日) 今日も寒い一日でした。切らしていたお茶が届きました。うちではこのお茶なしではみな 不調になってしまうほどです。紅茶も好き(レピシエの702番のアールグレイと、さく らんぼが気に入ってます)ですし、コーヒーも美味しいと思いますが、いちばんよく消費 するのはやはり何といってもこの、さがらやぶきたの「大走り」ですね。 1月22日(土) 朝から喉がイガイガして風邪をひきそうなので、あわててレッスンの合間に平田先生へ行 きました。来週は文音の都立高校の推薦試験もあり、いま風邪をひくわけにはいきません。 花粉の症状もそろそろ現われる頃だし……空気が乾燥しているので、どこもかしこもカサ カサしているようです。 1月21日(金) 木枯らしの吹くなか、美容院へ行ってきました。茗荷谷は学校が多く、駅の建物の中にあ るカフェテリアには高校生や大学生でごったがえしていました。 1月20日(木) 北海道から日本海側の方は大雪に見舞われているということ、こちらでも風がたいそう冷 たいです。そして今年は花粉の量が去年の三倍だそうです。去年の夏の猛暑でスギの花が たくさん咲いたためだといわれています。私も花粉症には毎年5月の連休頃まで悩まされ ます。そういえば去年は案外楽でした。今年は覚悟を決めなければならなさそう…ですね。 1月19日(水) 昨日深大寺で買ったロウバイがいい香りです。昔の家にもあったことを文音に話すと微か に覚えている様子。「昔あったものをだんだん取り戻していくようだね…」と言っていま した。 1月18日(火) 環7を走っていると、亀を模した送迎バスに遭遇しました。醜悪なウロコ状のペィンティ グが施されたバスが目の前を横切り、思わず目で追うと「亀田幼稚園」とあり、後ろを見 るとごていねいに亀の尻尾にピンクのリボンがついていました。 甲州街道で「朝市クン」を見ました。何だろう?新聞の自販機かしら、コインロッカーか しら?と思いました。よく見ると、扉が透明になっている銀行の貸金庫、もしくは銭湯の 下駄箱ぐらいの大きさのものがずらりとならび、中には近隣の農家の農作物が入っている ようすでした。おそらくコインを入れると扉がひとつ開く仕組みになっているのでしょう。 以前は野菜の無人販売所だったに違いありません。盗難が多いためにこの「朝市クン」の 導入となったのでしょう。世知辛い世の中になったということですね。 1月17日(月) 小田急線に乗ると車窓から遠くに丹沢の山々の稜線が見えました。チャコールグレーの冬 の雲の下にオレンジ色の夕焼けがとてもきれいで、暫くの間見とれていました。夫が「関 東平野は広いよなあ……とてもあんな所まで歩いては一日かかったって行き着かない」と 言いました。新藤涼子の「曠野」という詩を思い出しました。 1月16日(日) カンティネッタで知り合って「結婚してしまった!」お二人の結婚祝賀パーティがうちで ひらかれましたが、60名と人数が大勢なのでスタジオを提供しました。結婚式のスライ ドあり、なんでも質問大会ありの和気あいあいムードで、いい会だったのではないでしょ うか。長身のお二人に会わせた訳ではないでしょうに、集まったお客さまは背が高い方が 多かったのでした。ワインをサービスする私はひとりで埋もれていました。 1月15日(土) 朝から雪になるかもしれないと言われるなか、文音は模擬試験を受けに出かけました。土 曜日はどうしても模試や塾の補講があるため、受験に向けてレッスンは休みがちにならざ るを得ません。暮れにやった「肉離れ」がまだ完治していないようなのでそのためにも少 々「お休み」が必要かもしれません。幼児クラスではレッスンのあとに「かごめかごめ」 をやりました。みんな「おに」の後ろにしゃがみたがってたいへんでした。しかし「だー れだ!」の声、みんな案外わかるものなんですね…! 1月14日(金) 娘の学校へ行くのに鶴川の駅からタクシーにのったところ「今朝はまた、とびきり寒かっ たですね」と運転手さんが話しはじめました。「うちの娘がここまで通っているのですけ れど品川区からなものだから、こちらの方が寒いと言いますね」と言うと「ああ、都心と は2〜3度違いますよ」と。そういえば、朝、家を出る時は雨でもこちらに着くと雪!… なんてことはよく文音から聞く話でした。 1月13日(木) ラジオのNHKFMの「昼の歌謡曲」で「尾崎紀世彦特集」をやっていました。そこでの 解説によると彼の父親はバレエダンサーだったそうです。初耳でした。ですから彼は子ど もの頃はクラシック音楽だけを耳にしていたとか……。 1月12日(水) 駅ビルのコーヒーショップから何気なく地上を見下ろしていたら、横断歩道のところに大 きなぬいぐるみを抱えた男の人が信号待ちをしていました……と思ったら、そのぬいぐる みが動きました。な、なんと!プーさんの着ぐるみを子どもに着せているのでした。いく らあったかいとはいえ、ああいうものを着せる親は子どもにクマになってもらいたいので しょうか?そんなに着たけりゃ(子どもが)大人になってからバイトで着れば充分!! 1月11日(火) なんと、わたしとしたことが「鏡開き」の日を一日間違えてしまいました。なんとなく暮 れから9日、10日の連休を10日、11日と間違えていて、今年の鏡開き=月曜日とず っと思い続けていたのでした。今日、ふとしたことから冷蔵庫に貼ってあるカレンダーを 見て、その間違いに気がついたわけです。そんなこと間違えるなんて……ああ、恥ずかし い!! 毎週火曜日はベリーダンスの教室があるんですよ。モロッコ出身のナイーマさんが教えて います。いまちょっとしたブームらしく、大勢の生徒さんが習っています。夫の店の名物 料理クスクスはモロッコなどの北アフリカの郷土料理です。浅からぬご縁を感じるのです。 1月10日(月) 鏡開きの日なのでお汁粉を作りました。私たちが子どもの頃は、それこそ家中の其処此処 に飾られたお供え餅を下げてきて、干からびてひびが入っているところから割り(たいて いカビが生えているのでそれを削って)細かくして焼いたりしました。小豆も一晩ひやか したものを火鉢の五徳の上でコトコト煮たりしたものでしたが、いまではお供えもパック になっているし(わが家など、夫の方針でお供え餅も飾らないのです)なんだかお汁粉を 食べる風習だけが残っているような気がします。肝心のお汁粉も小豆から…ではなく、ち ょうどこの暮れに弟のところ(弟のお嫁さんの実家が和菓子やさんのため、いつも暮れに なるとお餅やら栗きんとんやらあんこを送ってくれるのです)から送られてきたものを冷 凍にしておいたこしあんと小倉あんを混ぜて水を足して煮ました。とても美味しくできあ がりました。……でも、部屋の暖かさで窓ガラスが曇るような寒い日に、火鉢とは言わな くてもガスの火を細くして本を読み耽りながら時々かきまわす…なんていうお汁粉の作り 方、憧れちゃいますよねぇ…。いつか…そのうち、きっと。 1月9日(日) 深夜番組で「およう」という映画(2002年松竹)をやっていました。主演に熊川哲也 という名前が書いてあったので「へぇ〜!」と思って観ちゃいました。大正6年頃からの 竹久夢路と彼の絵のモデルであり何人目かの恋人だった女性と、彼らを取り巻く人々との 人間模様を描いたものでした。竹中直人、渡辺えり子(伊藤某という画家夫婦役でしたが これがまた絶妙で「Shall We Dance ?」の時の掛け合いを彷彿させました)石倉三郎、里 見浩太朗、三田和代らベテラン俳優が脇をかためていました。熊川哲也はその素顔を夢路 に重ね合わせ抜擢されたようで、多少のぎこちなさはあったものの体当たりで奮闘してい るように感じました。見るたびに、誰かに似ている…どこかで見た顔…と思っていました が、終りに近づいた時にその疑問は一掃されました。お笑い漫才コンビのアンジャッシュ の渡部建に似ていたのでした。 1月8日(土) 子どもたち、今年初のお稽古。スキーに行っているため、または塾の冬期講習や模試のた めに何人かはお休みでしたが、その他は全員元気な顔を見せてくれました。幼児クラスは 全員出席でした。発表会の感想を聞くと「音楽が鳴るまでドキドキした」とか「ライトが まぶしかった」など、未だ興奮サメやらぬ様子で答えてくれました。また「自分で間違え ちゃったのがわかった人?」と聞いてみると、まあ出るは出るは……。そして、どこのな んとかが間違えちゃった!と、とても詳しいのです。ひょっとして、これってビデオを見 てるのかな…? 思えば私の子どもの頃にはビデオはありませんでしたから、踊っている 自分の姿を目にすることなど叶わぬことでした。 1月7日(金) 七草がゆを炊きました。いつも炊飯器で炊いてしまっていたのですが、どうも最初から入 れてしまうとお葉類が色悪くなるので、今日はお鍋で炊いておかゆができてからあらかじ めさっとゆがいておいた七草をきざみ入れて蒸しました。なかなか色鮮やかに、美味しく できあがりました。明日からはレッスンが始まります。子どもたちは舞台を終え、ひとま わりもふたまわりも成長していることでしょう。さらに楽しく、そしてひとつひとつの積 み重ねを大切にしたレッスンをしていきたいと思います。大人のクラスも同様ですが、さ らに一歩進んで作品づくりの方もやっていきたいと思います。 新たな気持で、さあ、スタート!! 1月6日(木) 去年の3月に買ってきて息を吹き返したニオイスミレがどういうわけか一輪だけ咲いてい ます。ちょうどクリスマス頃だったでしょうか、咲いたのは。それから既に2週間ちかく 咲き続けているのです。この季節だというのに、葉もこんもりと緑で勢いさえ感じられま す。どうもとなりに置いてあるツルバラにあげる液肥が効いているようです。八重の花弁 に鼻を近づけると、なんとも懐かしい鏡台のおしろいのにおいがしました。
1月5日(水) 救急車に乗せられる夢を見ました(そういえば、今年は初夢というものを見なかったので すね)。どこからか転落したのか、交通事故かわからないのですがどうやら意識不明らし いのです(といって、それらすべてが見える自分がいるというのが夢ですね)。救急隊員 はてきぱきと私を担架に乗っけて運んでいます。無線での応答で「あとの二名は死亡!」 などと言っているのです! 左足が全く感覚がなく、動かそうとしてもだめです。右の足 の擦り傷を隊員が消毒していると、側にいた上司(のような)が「生きるか死ぬかの瀬戸 際なんだから、そんなことしなくていい!」と怒鳴っています。あぁ、お正月早々こんな 夢見るなんて……!! 1月4日(火) 今日から店、スタジオともに開始です(私のクラスは8日からですが…)。文音の塾も三 日間のお正月休みを終えて今日からまた始まります。実家の母が来てくれました。今年の 9月に80歳の誕生日を迎える母はふだん着慣れていることもあって、和服姿でやってき ました。昼間、年が明けてから初めて(ずっと「年賀状」だったため)大井町の駅まで出 た私ですが、和服姿はおろか、何となく黒っぽい姿の人が多く殺風景に感じていました。 背筋をピンとしている着物姿の母を見て、老若にかかわらず、お正月に和服ってやはりい いものだと思いました。 1月3日(月) おでんを作りました。…といっても、私はいまだに終わらない「年賀状」のために「袋」 を作ったのみで、あとは夫が担当してくれました。袋は二種類、鶏挽きにしらたき、ぎん なん、長ねぎ、人参などを入れたものと、お餅を入れたものです。牛すじ、結びしらたき、 大根、ちくわぶなど味のしみる食材がやはりいいですね。お正月におでんとはあまりした こともなかったのですが、とても新鮮で美味しかったです。 1月2日(日) 昨日よりわが家は年賀状づくり(「…書き」ではないところがなんともあきれてしまいま すよね)です。うちでは安藤文隆・順子・文音とCANTINETTAとしてお出しする もの、山県順子として舞踊関係におだしするもの、そして文音用と、三種類の年賀状をつ くりますが、今年は最初の三人用(家族用ともいいましょうか…)に、夫はトロツキーの 「遺言」から引用した文章などを書き連ね、原稿を私に見せもせずにさっさと印刷してし まったのでした(昨年は文音の描いた温泉に浸かるサルのバックにブレヒトの「亡命者の 対話」からの引用でした)。ロシヤ革命直後に描かれた子ども向けの絵本の中から「トリ」 を選び、自分で彫った版画の出来具合とともに悦に入ってる夫に、私は思わず言いました。 「この年賀状の出来はすごくいいし、あなたのやりたいこともよくわかる……。でも、こ れを受け取るうちの何十人かは、ここに書いてある文章よりも私たち家族のようすの方が 知りたいんじゃないのかしら?」と。とんだ楽屋話ですが……。
1月1日(土) 2005年がスタートしました。あけましておめでとうございます。 昨夜は思いがけずたくさんのお客さまが来てくださり、お雑煮も最初に作った20人前は すぐになくなり、第二弾を急いで作るという具合でした。みなさんに「美味しい! 」と いって器を空にしていただくことほど作り手冥利に尽きることはありません。ありがとう ございました。このお雑煮をお出しするということ、夫と私のどちらから言い出したのか 覚えていないのですが、実は昨年(要するに一昨年の大晦日)お出しした数がとても少な かったために、今年はやめようとしていたのでした。ところが、暮れに近づいた時にお客 さまの和知さんから「大晦日のお雑煮がたのしみです!」と言われ(和知さんは昨年の2 月頃よりおいでいただくようになったのでした)、「やっぱり、やろう!」ということに なったのです。このぶんだと、今年の大晦日も多分私は大鍋に鰹節のだしをとっているこ とでしょう。……鬼は笑っているでしょうか……。 12月31日(金) 雪の大晦日となりました。午前中にお墓参りに行き、家に帰り着いた途端、空から白いも のがちらほらと舞い降りてきました。雪が降るとは聞いていたものの、こんなに積もるな んて……ベランダのすのこの上にも、柿の木に覆いかぶさるようにして伸び続けるゴムの 木のまあるい葉っぱにも積もっています。何日か前に寒さに弱いマダガスカル・ジャスミ ンを家の中に取り込んでいて正解でした。今夜はカンティネッタでカウントダウン、お客 さまにお雑煮をお出しします。そういえば、ここ数年こうした大晦日を過ごしています。 時にはやったことのないような大晦日というのも経験してみたい……などとチラッと思っ たりもするのですが……。 12月30日(木) あと30時間足らずで2004年も終わろうとしています。昨日「一年が速い」と書いた ばかりですが、この一年をふり返ると本当に「駆け足」で過ぎ去ったような気がします。 特に後半は発表会をはじめ、たくさんの予定をこなしていったこともあって、心の底から 「忙しい!! 」と思ったことが何度もありました。一日が36時間くらいあればいいと 思いました。そして今年は実に哀しい事故や事件がたくさん起こりました。新潟中越地震 や日本のいたる所を襲った数多くの台風、佐世保の小学校6年生殺害事件も大きな出来事 でしたが、私にとっていちばん心に残っているのは、香田証生さんがイラクで殺害された ことです。人質として捕えられ、助けを求めても救われることなく死んでいった日本人が いたこと、そういう仲間を救えない「日本」という国に自分が生活しているというもどか しさをいまさらのように感じています。 12月29日(水) クリスマス舞踊会からもう一週間! なんと速いことでしょう。そういえば「一年が速い」 が、年々その速度を増してくるような気がします。 幼い頃は、母たちが言う「一年って早いわねぇ…」という言葉を聞きながら「んー、そん なものかな…」ぐらいに思っていました。夜がきらいで、旅行などへ行って寝る時にはい つも「つぎに目を開ける時には明日の朝になっているんだわ……」と、自分に言い聞かせ て眠りました。中学校の頃からでしょうか、本当に一年が速いと思うようになったのは…。 高校はあっという間に三年がたち、大学では定期試験と休暇と、方々へのリハーサルで四 年間がまわっていき、それ以後は舞台の本番がいつということでカレンダーが埋められて いきました。そして結婚して子どもが産まれたら、三時間毎のミルクにはじまり、それは もう本当に毎日毎日やることをこなすことに追われて……という具合になっていったので す。そして時間の経つことの速さはとどまることを知らず、……ただ、最近は娘の学校行 事に追われて…とか、舞台があってそう思うのではなく「この間この番組見たばっかりな のにえーっ!もう一週間!?」というのが多いのですね。「死」に近づいているというこ とでしょうか。……こうしている間にも、確実に時間は経過しているのです。 12月28日(火) レースクィーンに選ばれる夢をみました(この期に及んで……)。5〜6人選ばれている のですが、周りを見るとみんなピチピチの若ーい、美しーい女の子ばかり! さすがの私 もこれはま、まずい!と思い、何かの間違いだとはわかっていながらも、なかなかそれを 言いだせないでいるのです。あー、恥ずかしい!! 12月27日(月) 大人のクラス、今年最後のレッスン(稽古おさめ)でした。先週の水曜日が子どもたちの 本番の前日のリハーサルだったためにお休みにさせていただいたことから、今日は月・水 両クラスの方々が集まり、賑やかに終わりました。新年の稽古はじめは、子どもは8日の 土曜日から大人は12日水曜日からです。風邪をひかないように、みなさま年末年始お元 気でおすごしください。 12月26日(日) 噴火している山の斜面を歩く夢をみました。アスファルトのタール状のものがくすぶって いる道のない場所で、むこうの山まで越えなければという思いがあるのですが、下からの すごい熱気でなかなか前に進むことができません。昼なのか夜なのかわからないで空を見 上げると満月が見えるのですが、そうしているうちにみるみる暗雲がたちこめてくるので した。なんと不吉な夢! ……疲れているのかしら……? 12月25日(土) クリスマスです。……といっても、何をするでもなく……。子どもの頃から何の因果か、 学校こそはカトリックで御ミサへ行ったり「クリスマス学芸会」なる行事があって、帰り にはひとりひとり小さなケーキを戴いたりしていましたが、私の実家は装飾屋でクリスマ スにはツリーや飾り物を売っていたのでお祝をするどころか、いつも忙しい思いをしてい ました(それでも中学頃からはケーキを焼いたりして、店を閉めた後で家族で乾杯!など とやっていましたが……)。結婚してみるとなんと夫は酒屋で、それこそクリスマスは食 事をする間もないくらい忙しい思いをし、ワイン専門店になればそれはますます強くなり、 はたまた自分の仕事でもクリスマスに舞台などあると……。唯一、続けて来れたのが、娘 にサンタさんからのプレゼントを運んでやったこと……でしょうか。娘も信じているふり をやめないのでいまだに続いているのです(それもおめでたい話ですが……)。今年は娘 と二人で食事をしていられたので、ちょっと蝋燭に火を灯したりしてみました。すると言 うことが「日本人ってなんて都合がいいんだろうね、ママ。キリスト教の信者でもないの にクリスマスに大騒ぎしてケーキ食べて……。だいたい、信者じゃなくても結婚式は教会 でやって、挙げ句の果てにお色直しで打ち掛け着ちゃったりして……!」はいはい、私な ど、最たる者。何しろお寺にお墓のある家に生まれながら、神社の幼稚園へ通い、カトリ ックの小学校から中、高、大と何の違和感ももたずに進んだのですから……。今年もクリ スマスの夜は更けていくのでした。 12月24日(金) 先日ベランダから取り込んだオンシジウムの一種の鉢が見事に開花しました。黄色のコン トラストの可憐な花がいっぱいついています。ああ、あの時タマオがハグハグと蕾を食べ ていなかったら、もっとたくさんの花が見られたでしょうに……残念!!
12月23日(木) クリスマス舞踊会が無事終了しました。いろんなハプニングがありましたが……でもみん なとってもよくがんばったと思います。なによりも全員が元気に舞台にのれた(陽一郎君 もがんばって来ることができました)ことがよかった! 子どもたちを支えてくれたお父 さん、お母さんをはじめおうちの方々、本当にありがとうございました。また、観に来て くださったお客さまに心より感謝いたします。 12月22日(水) 最後のリハーサルが終わりました。子どもたちは「いよいよ明日!」をたのしみにみんな 少々興奮気味。元気にお稽古をして帰っていきました。陽一郎君だけ風邪でお休みでした。 明日、なんとかよくなって来れるといいのですが……。 12月21日(火) 先週の金曜日に文音が右足の付け根を肉離れさせてしまいました(最初は靱帯を損傷させ たとばかり思っていましたが……)。治療に専念しています。しかし、これも執行委員長 だった(先日、任期満了で解任されました)、塾通いの時間のない彼女にウォーミングア ップを充分にさせなかった私の責任でもあると思います。「娘はたいてい後回し」にして しまうことのしわ寄せだとも思うのです。自分が怪我をした方が、ああ、どれだけ気が楽 なことでしょう。 12月20日(月) ベランダの紅葉したブルーベリーの葉のかげに緑色の「珠」のようなものをいくつも発見 しました。冬咲きのクレマチスのつぼみでした。どんな可憐な花が咲くでしょう……。い まからたのしみです。
12月19日(日) チリの音楽グループ、キラパジュンがベンセレモス(うちのマンション)の店子になる夢 を見ました。夢の中で夫は大喜びをしていました(お盆とお正月が一緒に来ちゃったよう な……)。朝起きてそのことを話すと、実際の彼も喜んでおりました。何かわが家にとっ ていいことが起きる前触れのような気がしています。おめでたいですね、私も…。 12月18日(土) 今日が土曜日最後のお稽古になります。先週ぐらいから、子どもたちに「あと本番までO 回しかお稽古ができないのだから、一回一回を自分が納得のいくように大切に(小さい子 どもたちにはちからいっぱい元気よく)と言ってきました。最後の最後までがんばってほ しいとおもいます。 12